5話④ エリカ 〜殿下と驚愕の事実ですわ!
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今日のサロンでは、殿下とご友人一同が談笑しています。オリバー様とティモシー様が、昨日町へ出られた様子をお話ししています。
ソロンは今、殿下が成人されるまでの代理として、殿下の大叔父にあたる血筋の方が代行官をしています。私はここから出たことはないのでよその地方のことは知りませんが、オリバー様たちから見ると良く治められているとのことです。そして、間もなく殿下が本格的に領政に携わられるのを、民が心待ちにしているのも良く分かったと。ええ、ええ、それが伝わって嬉しい限りです。
「…殿下、どうも気になるんだが、浮かない顔だな」
ふと会話が途切れた時、ロナルド様が言いました。
「僕も何かそんな気がしてた」
ティモシー様もうなずきます。確かに時々物思いに沈んでいるような印象はありましたが、私だけの気のせいではなかったようです。
「まさかプレッシャーなんか感じてるのか? 確かに領民は褒めちぎり過ぎなきらいはあるが、実際に手腕を発揮できるだけの実力はあるだろう」
「殿下なら代行官ともうまくやっていけるでしょうし、引き継ぎにも時間はかからないでしょう」
「そうだよ。殿下の人たらし力があれば、周囲の領も何でも言うこと聞くよ」
三者三様に殿下を励ましています。
殿下はソファに預けていた背を起こし、膝の上で両手を組んで少し考えていましたが、やがて意を決したのか口を開きました。
「…いや、お前らが心配しているようなことではなく、ただ俺が不甲斐ないだけの話なんだが…さすがにもう話そう」
入口そばで控えている私は、隣に立つウィスカーをちらと盗み見しました。ウィスカーはいつもどおり平然として空気に徹しています。殿下が何を言うのか分かっているのでしょう。
「俺は、父上――陛下に宿題を出されていてな…それが終わらなければソロンを継ぐことができないんだ」
皆の顔色が変わりました。
そうして、殿下は説明を始めました。驚きです。殿下は、長年婚約されていたアナスタシア様との関係を独断で解消したために陛下のお怒りを買い、自力で――そうです、貴族諸侯の自薦推薦を受けたり宮廷を使って候補者探しの場を催すなどの支援を一切受けずに自力で――お心にかなうお相手を探し出し、十八歳を迎えるまでに陛下へお目通りさせなければ、ソロンの統治権を与えないと申し付けられたのです。
陛下、無茶振りが過ぎます。
「…陛下、無茶振りが過ぎます…」
ロナルド様とは気が合いそうです。
「え、じゃあ、まさかと思いますが…シリーン殿のお世話をしていたのは…!?」
戸惑うオリバー様に、殿下が俯いたままかすかに頷きました。それから皆様は次々と殿下の女性遍歴を数え上げました。
「アルクアのメリメ侯のご息女について妙に詳しかったのも!?」
「骨肉の争いで後家と義妹に追い出されそうになった伯爵令嬢の名誉回復に奔走してたのも」
「五学年の侯爵令嬢が提案した医療技術改善を異様に積極的に後押ししてたのも」
「最近王都で人気の独創メニューの店の看板娘にこき使われてやってたのも」
「……」
「それで、それ全部ダメだったの!?」
ティモシー様の言葉がとどめになりました。
黙々と頷かれていた殿下の頭は一層沈み込み、サロンに重苦しい沈黙が流れました。
…どうしましょう。空気を変えるために、お茶など淹れて差し上げたほうがいいでしょうか。ウィスカーをそっと見ると、小さく首を振りました。そうですね、使用人のような部外者の存在を意識させてはいけません。
「…まったく…バカだな、殿下は」
「ロナルド!? 殿下に対して不敬だぞ」
「どうせお人好しが過ぎて、感謝されるだけでそれ以上に思ってもらえなかったんだろう」
「そうだね。殿下は押しが足りないよね。お上品過ぎるんだよ」
皆様が口々に突っ込んでいるのを、隣でウィスカーがいちいち頷いています。
「じゃあこの先、どうするんだ? 期限は目の前じゃないか」
「どうもこうもない」
「アナスタシア様と復縁すればいいじゃん」
「そうですよ。恥を忍んで陛下とハイリッジ公爵に頭を下げるしかないんじゃないですか? あちらもまだお一人ですよね?」
「……」
頑なに首を振っています。そこまで拒む深い理由があるのでしょうか。でも次のお言葉が、私には何より衝撃でした。
「いいんだ、ソロンに来る日が遠くなるだけだ。当面は政庁のどこかの部門か騎士団にでも入れてもらって、下積みするさ」
「王太子が、そんな…ソロン公爵位が名目だけとは言え、雑用からやらせられるわけないだろう」
「特別扱いなんかない方が、よっぽど実になる」
「別の意味で特別扱いされたらどうするんだ! 腹に一物ある奴なんかいくらでもいるんだぞ」
そんな、そんな。殿下がソロンに来てくださらないなんて。下手したら、この休暇が終わったらもう長いことお顔を見れないということですよね? ショックです。
それに、ロナルド様のご心配ももっともです。もし上に就いた方が、本来ロイヤルでエリートで清廉なはずの殿下が敢えて自分の手足になっていることに歪な興を覚えて、上下関係をかさに着て非道なあんなことやこんなことを命じないとも限りません! 私にだってまざまざと想像がつきます。
「…でもこれだけ努力をされたことをご説明すれば、陛下もお許しになって変な条件は取り下げてくださるのではないですか?」
「どうだかな。玉座もあと四十年は手放さんと仰っているから、王太子が実績を出すのに多少手間取ったところでお困りにはならんだろう。そりゃばつは悪いが、俺が耐えれば済むことだ」
「……」
「じゃあいっそ逃げちゃったら? 留学だってしたんだし、今度は海外に遊学でもしたらどう?」
「「「はあ!?」」」
ティモシー様の突飛なご提案に、他の皆さんが振り返りました。
「ここらの国は全部当たってダメだったんだから、後は海でも渡るしかないじゃん。噂もそこまで追っかけてかないし、ほとぼりが冷めたら適当な子を連れて帰れば丸く収まるんじゃない?」
「収まるか! ったく気楽だな、お前は…」
殿下を心から心配してお慰めしているご友人たちを見ていると、私まで本当にありがたい気持ちになってきます。例え数多のご令嬢の心に残らなかったとしても、殿下はご友人たちには十分愛されています。幸せって一体何なのでしょうか。
「…っ」
「エリカ!?」
殿下たちの様子を見守るうちに視界が曇り、つい声にならない声を漏らしてしまいました。皆様が一斉に振り返り、殿下は驚いて私に呼びかけました。私がハッとして手を口にやるのと同時に、ウィスカーが私の前を遮りました。
「エリカは熱があるようです。下がらせて休ませます」
ウィスカーは殿下の許しを待たず、肩を掴んであっという間に私をサロンの外に引っ張り出しました。
「落ち着くまで自室にいなさい。他言無用、分かってますね。くれぐれも、変なことを考えてはダメですよ」
そして手短に私にそう言うと、また室内に戻りました。
エリカ、まざまざとは想像しなくてええんやで。
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2023/1/7 サブタイトル変更
2024/7/2 修正




