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1.不思議な旅人(4)

 それは、本当に、見たこともないような不思議な人でした。

 茶色のくせ毛に、明るい茶色の目。長い睫毛。どこか少女めいて見えるほど繊細に整った顔立ち。長い手足に細い腰。

 そして何よりも、何とも言えない風変わりな服装――。


 その服ときたら、目を見張るように華やかな、色彩の洪水でした。

 まるでこの晩秋の枯れ野に旅芸人一座の天幕が忽然と現れて色とりどりの旗や幟をはためかせはじめたかのような極彩色の布地の競演に、子供たちは目を奪われて、あんぐりと口を開けました。

 頭には、大きな赤い羽根のついた緑の帽子。

 片方の肩にはね上げた長い旅行用マントは目を射るような真っ赤で、その下には、やはり真っ赤な、金糸銀糸を縫い取った上に何やら襞飾りまであしらった古風で珍妙な胴着。

 腰には鮮やかな黄色の飾り帯を巻いて、身体の横で気障に結んだ残りの布をこれみよがしに長く垂らしてひらひらさせ、袖無しの胴着の下のシャツは明るい空色。

 これだけでも十分変だけれど、もっと変なのはズボンです。

 胴着の裾からにょっきり伸びた二本の長い脚を包む細身のズボンは、なんと紫と橙色のまだら模様、しかも片脚は膝上までの半ズボンで、もう片脚は長ズボン、そして、半ズボンのほうの脚には真っ赤な長靴下を履いているのに、長ズボンの裾からちらっと覗くもう片方の靴下は、なぜか緑色です。

 靴だけがごく普通の実用的な旅行靴なのが、かえって奇異に見えるほど――、ありていにいって、かなりキテレツな、へんてこな、少しばかり滑稽な、妙に古風なようでも新奇なようでもある頓狂な衣装です。

 しかも、この人は、見たこともないほどやたらと背が高いので、なんだか人間ではなくカカシか何かのようで、よけい奇妙に見えるのでした。


 チェナがこれまで見た中で、一番これに近い姿といえば、そう、曲芸団の道化師です。

 他の子供たちも、そう思ったようでした。

 でも、旅芝居の一座も曲芸団の一行も、どこにも来た様子はありません。


 そして、そんな珍妙な、道化た服を着てはいても、その人は、とても美しいのでした。

 細い鼻梁がすっと通った繊細な細面といい、睫毛の長い涼やかな目元といい、男の人でこんなふうに綺麗な人なんて、村では見たことがありません。

 だいたい、お話の中以外で男の人が綺麗だったりすることがあるなんて、チェナは想像したこともありませんでした。


 あんまり綺麗で、しかも、あんまり突飛な衣装を着ているので、チェナには、この人が、とても普通の人とは思えませんでした。

 その人の鼻の上に、いたずらっ子めいたそばかすがなければ、もうちょっとで、物語の中の放浪の貴人か、でなければ、偽りの美貌で人をたぶらかす魔物の化身が目の前に現れたかと思うところでした。

 けれどその人には、たしかに、チェナと同じそばかすがあって、口をいっぱいに横に広げてにっと笑うと、なんとも愛敬があって、人好きがして、人なつっこく親しげなのでした。


 意地悪をしている現場に突然大人が現れてぎょっとしたリドも、相手が村の大人ではないことと、その優男ぶりや気安い笑顔に勇気を得て、口答えしました。

「ズルなんかしてないよ!」


 けれど男の人は、親しげに笑いながらも、きっぱりと言いました。

「私は君が隣の子にこっそり骨を回すのを見たよ。大勢でひとりの子をいじめるなんて、そんなこと、しちゃいけない」


 言葉に詰まったリドは、むきになって、よけいなことを叫びました。

「チェナはいいんだよ! チェナは、馬鹿で、うすのろなんだから」


 チェナは心の中でリドを呪いました。

 あたしが馬鹿だってことものろまだってこともまだ全然知らないこの人に、あんなこと言わなくてもいいのに。

 こんなふうに妹をおぶって小さな子供たちに混じって遊んでいて、しかもいじめられてるってだけでも恥ずかしいし、美人じゃないのは見ればすぐわかっちゃうのに、その上、見ただけじゃわからないそんなことまで知られるなんて……。


 馬鹿だ馬鹿だと言われ続けているけれど、チェナは、自分は本当はそんなに頭が悪い訳ではないと思っています。一番仲良しの友達だったエルミンカ ――チェナより一年早く卒業して、遠い町に働きに行ってしまいましたが―― も、いつも、そう言ってくれていました。

 言いつけられたことをすぐ忘れるのはいつも他のことを考えているからで、ものを覚える頭がないわけじゃないのです。勉強だって、ちゃんと先生の話を聞いていればわかったのかもしれないけれど、いくら聞いていようと思っても、つい窓の外に目が向いて、そうすると、そのままいつのまにかぼんやりと何か考えてしまうので ――そんな時、自分が何を考えていたのかを後で思い出そうとしても、たいていひとつも思い出せないのですが――、それでわからなくなってしまっただけです。

 のろまで不器用なのは本当だけど、ひとつの仕事に時間をかけてがんばれば、本当は、たいていのことは、ちゃんとできるはずなのです。

 でも、仕事がいつもひとつならいいけれど、何かやっている途中に他の仕事が出てくると、チェナはもう、だめなのです。混乱してあれもこれもやろうとしたあげく、どれも中途半端にしてしまうか、でなければ、どうしていいいかわからなくなって、ぼんやり立ちすくんでしまいます。そうやって、もたもた、うろうろしているうちに、いつのまにか人の邪魔になり、迷惑をかけ、結局、役立たずといわれるのです。

 その上、チェナは、どうやら、なまけ者なのです。別になまけようと思うわけでなくても、いつのまにかぼんやりしてしまうのです。

 しかも、要領が悪くて、他の子のように大人の見ていないところでだけ上手くさぼるということができないので、実際以上にずっとさぼっていたように見られやすいのですが、でも、すぐさぼるのは本当のことだし、働くよりもただぼんやりと空想にふけっているのが好きなのも本当だから、なまけ者と言われても、文句は言えません。


 自分が、そんな冴えない、とりえのない娘だということを、この、不思議で美しい特別な人に、チェナは知られたくありませんでした。

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