1.不思議な旅人(2)
チェナが骨の在りかを当てるから、リドは、しつこくいじわるをするのです。最初から当てなければ、あんなズルもできなくて、いじわるのしようがないはずです。
それはわかっているのに、チェナは毎回、本気で骨の在りかを探らずにいられません。
だって、目を閉じて単調な唄を聴いていると、本当に狂王ラドジールが背後に忍び寄ってくるような気がして、怖くなってしまうのです。そのままここにしゃがんでいると、だんだんラドジールが近づいて来る足音が聞こえるような気がするのです。
チェナは、ちびたちと違って、もう学校で歴史の勉強をしてきているので、ラドジールが本当は、ちびたちが思っているようなおとぎ話の魔物などではないことを、ちゃんと知っています。
チェナは学校で先生の話をほとんど聞いていなかったけれど、歴史の時間だけは、まるで語り部の物語を聞くようだったので、好きでした。年号を覚えることができないためにやっぱり落第点を取ってはいたけれど、歴史の時間に語られた昔の王様や英雄たちの興亡の物語は、ちゃんと心に残っています。
狂王とも食人王とも称されるラドジールは、本当は実在の昔の王様で、一介の商人の息子から一国の王にのし上がった乱世の雄であり、武勇の誉れ高い美貌の青年王だったのです。その、あまりの強さ、常軌を逸した神がかり的な勇猛さゆえに、敵陣では『彼には魔が憑いている』と囁かれ、空恐ろしいまでの美貌も戦場ではかえって不吉がられて非常に恐れられたと言い、短い在位の間に何人ものお妃に次々と先立たれたことや若くして非業の死を遂げたこともあって、死後、様々なおどろおどろしい伝説に彩られてしまったけれど、故国カザベルでは今も興国の英雄として慕われているということです。
戦乱の時代に、ある国の英雄が、強ければ強いほど敵軍からは憎まれ、恐れられ、魔物のように思われるのは当然でしょう。しかも、その国が、彼の死後、結局は敗れて滅ぼされ、勝者の言葉だけが大きな声で語り継がれたとなれば、敗けた国の王様の名が魔物の名として後世に伝わってしまうのも無理はありません。
どうやらそれが、今まで自分がラドジールという名を魔物の名と思ってきたことのからくりだったと気づいた時には、チェナは、何か少し目が覚めたような気がしました。
けれど、そうした史実を知った後でも、チェナの心の中には、幼い頃、寝床の中で母に聞かされたおとぎ話のラドジールが、まだ住んでいるのです。風に乗って夜空を駆け、寝ない子をさらって生き血をすする、黒い翼の夜の魔物の姿が。
こうして、光の中で目を閉じていると、目の裏がなんだかよけいに暗くなってきて、自分ひとりだけ、夜の闇の中にいるような気がしてくるのです。
その闇の中、血に飢えた魔物が、遠くから、ゆっくりと忍び寄っている。もうすぐ、近くまで来てしまうかもしれない。あたしを、みつけてしまうかもしれない……。そして……。
それから、チェナは、ふと、思います。
そう、ほんとうに、あたしなんか、ラドジールにさらわれて、いなくなったっていいのかもしれない……。
頭も良くないし、動作も鈍く、いつもぼうっとしてばかりいて、まるっきり役立たず。顔もそばかすだらけの平たい丸顔で、少しも美人じゃないし、体つきもぽってりして、見るからにのろまそう。友達より早く膨らみ出した胸だって、他の、もっとほっそりしたきれいな女の子なら魅力的に見えたかもしれないけど、全体にずんぐりしたチェナではよけい鈍重そうに不恰好に見えるだけで、じゃまにもなるし、疎ましい。これから自分が、ますます、どんどん醜くなってゆくような気がして、嫌になる。
美人でもなく、賢くもなく、何の役にも立たなくて、それでも天使のように心根が優しかったり清らかで正直だったり、人一倍がんばり屋だったりすればみんなに許してもらえるのかもしれないけれど、決してそんなことはなく、他のたいがいの子と同じように時にはいじわるになったり依怙地だったりすることもあるし、時々は嘘だってつくし、その上、人よりなまけ者であるらしい。
……いいところなんて、ひとつもない。
のろまなのは、不器用なのは、悪いことなんだろうか。
みんな、がんばればできるよとか、それでもできなかった時は、一生懸命やればそれでいいんだよとか言うけれど、人よりのろまに、不器用に生まれついた人は、いつも人よりがんばっていないといけないんだろうか。いつも一生懸命じゃないと、生きていてはいけないんだろうか。一生、休むことなくがんばりつづけていなければ、君はここにいてもいいんだよ、と、ただそのあたりまえの一言を、誰にも言ってはもらえないんだろうか――。
そんなことを考えると、骨の気配を追うことも、ラドジールのことも忘れて、涙が出そうになってくるのでした。