2.奇跡の日々(8)
けれど、ある日。子供たちは、小屋に着くなり、迎えに出てきた男の人を取り囲み、口々に訴えました。
「森へ来てるって、ばれた」
「うちもだ。ゆうべ、ティートとトゥッタの母ちゃんが来て、うちの母ちゃんと、そのこと、話してった」
「もちろん、ただ森の入口のへんで遊んでると思ってるだけで、ここに来てるとは思ってないはずだけど。おじさんのことは、話してないから。みんなも、話してないよね?」
「ちゃんと内緒にしてるよ!」
「でも、森には人さらいが出るからだめって言われた。おじさん、人さらい?」
気弱なカチヤが、すこし不安そうに聞くと、男の人は、にやりと笑って言いました。
「そうかもしれないよ」
「嘘だよ、僕たち、誰も、さらわれてないもん」とヤーシェが叫ぶと、男の人は、
「これから、さらうのさ。さて、誰にしようかな」と、子供たちを見回して、いきなり、脅かすように高々と両手を広げ、奇声を発して子供たちを追いかけ始めました。
そうなれば、子供たちは、歓声をあげて逃げ散らずにはいられません。
たちまち、小屋のまわりの狭い空き地で、きゃあきゃあと、追いかけっこが始まりました。
最初は加わる気がなかったチェナまで、ごちゃごちゃと一団になって右往左往する子供たちの群れにいつのまにか巻き込まれて、気がつくと、一緒に逃げ回っていました。
子供たちはもう、興奮のあまり、何が何だかわけがわからなくなって、すぐに、自分たちが何で追いかけっこを始めたのかも忘れ、ただ、わけもなく駆け回って、ぶつかりあったり押し合ったり、もつれ合って転んだりしながら、どうにもとまらないほど大笑いしているのでした。
そうやって、みんなで笑うと、自分の身体の中のどこからこんなに湧いてくるのだろうというほど次から次へ笑いが込み上げてきて、チェナは、まるで、自分の身体が、笑いを生み出す機械か、笑いの湧き出てくる泉になったような気がしました。
あんまり笑って、笑い過ぎて、自分の中のものが全部笑いになって出ていってしまうような気がするほど笑い続けて、そのうちに、笑い過ぎてふらふらになった子供たちは、みんなそろって空き地の草の上にひっくり返り、仰向けの大の字になって空を仰いで、それでもまだ、笑い続けました。
男の人も、チェナの隣で寝転がり、広げた腕やおなかの上に何人もの子供の頭や手足を乗っけられて、一緒に空を見て笑っていました。
首を曲げて、その笑顔を見ると、何もかも笑いになって出ていった後で心も身体もすっかり空っぽになったチェナの、その空っぽを、暖かな幸せが静かに満たしました。
胸に乗っかったリュリュの足や、おなかに乗ったティートの腕が重いけど、まるで身体が風船になって、ふんわりと空が飛べそうな気がしました。
けれど、その時、チェナの隣で、男の人がふと笑いを消し、空を見上げて小声で呟いたのです。
「そうか……。ここも、もう、長くは居られないな」
その、しん、とした声を、チェナだけが聞きつけました。
小春日和の日差しがすっと陰って急に空気が冷えたような、心の奥に冷たい小石が投げこまれたような気がしました。




