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篠木の伝承 三年の旅  作者: ながとみコケオ
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生と死の狭間

 洞窟だった。どうしてこんな処にいるのか、弥素次には分からない。暗く、何処かで水滴が落ちる音がする。辺りを見ても暗く何も見えないが、一点だけ淡い光が見え、それが大きそうな扉の一部を照らしていた。扉の前には、白い着物を頭から被った小柄な女性がいる。淡い光は女性の手に握られている鬼灯から、ごく自然に発せられ、それが微かに照らしていた。

 扉がほんの少しだけ開いた。中から青白く見える女の手が、開いた扉を支えるように出てくる。

「動き出したな」

 背筋が寒くなるような青白い手の主の声が、耳に届いた。同時に嫌悪感を覚える。

「始まったばかりだ、まだ時間がかかる」

 白い着物を被った女性の声は嫌悪感こそないが、何処かで聞いたような声だと思う。

「あれは何処におる?」

「恐らく檜に」

「そうか」

 青白い手の主の笑い声が聞こえた。喉を鳴らすような笑いに、益々嫌悪感が募る。

「ところで、何故あれはおる? 死者ではあるまいに」

 青白い手が動いた。明らかにこちらを指している。

「玄封の主だ、どうやら迷い込んだらしい」

 白い着物を被った女性が動いた。ゆっくりとした足取りでこちらへ来る。直感的に逃げないと、と思うのだが、身体は意思とは逆に動こうともしない。近づいてくる女性をただ見ているだけの状態に、弥素次は半ば焦りを覚えた。

「そう恐れるな、取って喰いはしない」

 手を伸ばせば届く距離で女性が立ち止まると、空いている手を差し出す。手をとってはいけないと内心思うのだが、手は意思に背いて差し出された手をとっている。女性が手を引いて、再び扉へ歩き出した。逆らうことも出来ず、引かれるままに歩いて行く。

 洞窟、扉、嫌悪感を覚える声を持つ青白い手の主。そして、白い着物を被り鬼灯を持った女性。弥素次は自分が何処にいるのか、漸く思い出す。洞窟は生と死の狭間、扉の向こうは死者のいる場所、嫌悪感を覚える声を持つ青白い手の主は死魂≪しこん≫の女神と言われる女神、白い着物を被り鬼灯を持った女性は分境≪ぶんきょう≫の女神と言われる女神だ。どうやら生と死の狭間に迷い込んだらしい。しかし、何故迷い込んでしまったのかは分からない。第一、迷い込むようなことをした覚えがないのだ。覚えているのは、盗賊退治の為に森に入り、寝泊り出来る小屋へ着いたこと。夕食の後、歩き疲れてすぐに寝てしまったことくらい。寝ている間に何かあったのであれば覚えていないのは当然だが、何も分からないまま此処にいるのは、弥素次の性格上納得出来ない。女神達は知っているのだろうか。

 分境の女神が、歩みを止めた。同時に弥素次の歩みも止まる。扉の前に連れて来て、一体何をするというのか。

「玄封の主には、なったばかりのようだのう」

 死魂の女神が、興味津々に呟いている。こちらから扉の中は見えないが、向こうからは見えているのだろう。

「ほんの一日前だ」

 分境の女神がそれに答える。歩みは止めたものの、引かれた手はとったままだ。

「名は?」

 女神達の視線が、こちらに向けられた。答えろと言わんばかりの視線に、息苦しさを覚える。

「弥素次」

 自分の名前を言うのが精一杯だ。何もしていない筈の女神達の雰囲気に、完全に飲み込まれてしまっていて、どうすることも出来ない。

「檜の第二継承者か、因果なことよのう。あれが目を覚ましたが故に、お前は必然的に輪の中に入れられた。五〇〇年の歳月をかけて、お前はあれをわらわの許に連れてくるようにせねばならぬ」

 死魂の女神の言葉は何をどう指しているのか、全く理解出来ずに困惑してしまう。しかし、聞こうにも身体の自由が利かず、口を動かすことすら出来ない。

「玄封の主になる前に、あれが気付いたらしい。濡れ衣を着せられた上に、追われている」

 弥素次が追われる身となったのは、女神達の言うあれが関わっているのか。分境の女神が白い着物の下で笑うと、死魂の女神は釣られるように喉を鳴らすような笑いを発した。

「不憫よのう。しかも当の刀は、まだ主の言うことを聞かぬ。自在に操れねば、守る者も守れぬ」

「鍵はあるが、使えぬ」

 確かに、玄封は鞘が抜けない。試してみたが、力を入れて抜こうとしても全く抜ける気配がなかった。女神達が言っている鍵を使えば抜けるのだろうか。しかし、鍵を持った覚えはない。

「護封刀をまともに使える者は、誰一人おらぬか」

 扉の向こうで、溜息が漏れた。

「碧護と紅封も、まだ主は産まれておらん」

「碧護と紅封の主は霊獣の番人であろう、後、五〇〇年待たねばならぬ」

 霊獣の番人? 神話の登場人物が何故関係する? 護封刀を使っていたのは確かに霊獣の番人だが、それと女神達の言うあれと何の繋がりがあるのか。

「白護は、主がいる」

 反論するように、分境の女神が呟いた。

「産まれておっても、まともに使えぬ」

 白護の主は連の筈で、弥素次が見る限りでは彼女はまともに使っていた。それでもまともに使えないと女神達は断言しているが、何か使えない部分でもあるのか。

「護封刀は時間が経たねばどうにもならない、今言った処でことが動きはしないさ」

「分かっておる、弥素次が多少知っておれば良い」

 死魂の女神は、溜息交じりに呟いた。今、弥素次が此処にいるのは、必要があるからなのか? ならば、最初から迷い込んだなど言わなければ良いのに。

 分境の女神が、ふいに引いていた手を握り締めた。妙に現実味のある体温が伝わってくる。

「お前が此処に来たのは、お前自身が必要と感じたからだ。こちらから連れてくるような真似はしない」

 弥素次自身が必要と感じたから? 別段、必要と思った覚えは全くない筈だが。

「思わずとも、無意識のうちに感じ取ったのであろう。護封刀が主に選ぶ者達は、感覚が鋭くなくてはまともに使うことも出来ぬのでな」

 死魂の女神が言う程、弥素次の感覚は鋭くはないと思うが、玄封は感覚が鋭い者として見ているのだろうか。

「弥素次、鍵を使え。使わねば、玄封はお前を見放すぞ」

 三度、喉を鳴らすような笑い声が聞こえたと思うと、視界は今夜の寝床である小屋の天井を映し出していた。

 夢であることは間違いなさそうだが、何をどう考えて良いのか。暫く眠れそうにもないと思うと、弥素次は寝床から起きだした。

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