白護の主
扉が開く音がして、育也は閉じていた瞼を軽く開いて視線を向けた。誰かが外に出ていると気付いたが、閉まるまでじっとしておく。閉まった後、漸く身体を起こすと、寝床を確認する。弥素次がいないと気付いて軽く溜息を吐くと、後を追うべきか否か考える。今までの弥素次を考えると、逃げ出したりはしない筈。放っておいても良いと思うが、護衛を任されている以上、放っておいたままというのも出来ない。寝床から出ると、扉の横の窓に向かい、気付かれないように外を見た。小屋の上は木々がない為、夜空に星瞬いている。弥素次は、夜空を見上げながら、時々、小さく溜息を吐いていた。何か考えているような溜息に見えるが、寝るまでは特に変わった様子も見せなかった。気になるなと思うと窓から離れ、小屋の外に出る。
「弥素次、何考え込んでんだよ」
声をかけると、こちらを向いた。柔らかい表情で、笑って見せる。
「起こしてしまったのですね、済みません」
ゆっくりとした足取りで傍に行くと、笑みは苦笑いに変わった。
「いいよ、別に。それより、何か気になることでもあんの?」
「夢を」
一言言って、弥素次が言うべきか迷っている仕草を見せた。
「夢?」
育也が聞き返すと、少し間を置いてから弥素次は頷いて見せた。
「夢を見まして。生と死の狭間に迷い込んでしまいました」
何処に迷い込んでんだ、こいつ。それをのんびり言うかなと思いつつも、育也は続きを聞く。
「そこで、分境の女神と、死魂の女神に会いまして。私が迷い込んだのは、必要があるからだと言われました。女神達があれと言っていた者が目を覚ました為に、濡れ衣を着せられたそうです」
落ち込んだような口調で語っている弥素次の様子から見ると、夢で何か気がかりなことを言われたのではと思う。
「私は五〇〇年をかけて、死魂の女神の許に、あれと言われた者を連れて行かなければならないそうです」
話が大きいと思いつつも、育也は黙って頷いてみせる。女神達も無茶なこと言っていると思う。いくら弥素次が妖利山の主の曾孫だからといっても、所詮は人だ。一〇〇年も生きれば長寿だという奴に、無理をしてでも生きろと言っているのだから。
「それと、玄封や、他の刀のことも言っておりました。玄封は、鍵はあるが使えないと。私には、鍵など持った覚えがありませんので、どんな形なのか分かりません。鍵を使わなければ、玄封は見放すと言われました。他の刀も、まともに使える者はいないそうです。碧護と紅封も、主は霊獣の番人で、まだ産まれていない。後、五〇〇年待たなければいけないと。白護は、主がいますが、まともに使えないとも言っておりました。白護の主は連の筈なのに、女神達は使えていないと断言したのです。玄封の鍵すら分からないのに、連が使えていない程の刀を私が使いこなせるのか、分からない」
一つだけ、訂正しておいた方が良いだろうと育也は思った。弥素次が不安に思っているのは、連がまともに使えないからだと思い込んでいるのではないかと感じたのだ。
「あのさ、白護の主は婆じゃないぞ」
驚いた顔で、弥素次が育也を見た。やっぱりと思いながらも、言葉を続ける。
「婆が、俺に言ったんだよ。白護の持ち主は、妖霊山の主であって、婆じゃない。婆が白護を使えるのは、主が使えるようになるまで、白護が自分の主を守りたいからだって」
何年も前、育也が白護のことを聞いた時に連は確かに言っていた。意味が分からず聞いていたが、弥素次の話を聞くと納得出来る。
「では、本当の主は」
「小さいのだろ。小さすぎて使えないから、白護は婆に使われてるんだ」
連の子である賢治は、いずれ妖霊山の主になる。そう考えると、女神達が口にした言葉も、連の言った言葉も辻褄が合う。
「そう考えると、筋が通ります。でも、玄封の鍵は分からない」
確かに、鍵のことは全く分からない。しかし、女神達があると断言している以上、何かしらの形で弥素次の前に存在しているのではないかと思う。
「鍵が何かは分かんないけどさ、考え込み過ぎだと思うよ」
弥素次の視線を捉える為、顔を上げる。捉えると、育也はにっこりと笑ってみせた。
「そうですね。でも、育也は時々考えずに行動しているように思えますから、行動する前に少し考えたほうが良いかもしれませんね」
笑みを返したはいいが、弥素次の言った言葉に眉間に皺を寄せた。
「あのな、励まそうとしてる奴に言う言葉かよ」
「励ますではなくて、気分を変えさせる、ですよ」
人の気持ちを台無しにする気かと思いながら、育也は頬を膨らませた。
「どっちでもいいだろ、変わんねえし」
「言葉が違うと、捉え方も大きく変わることだってあります。気を付けないと」
言えば言い返されてしまう為、返す気力が失せてしまう。頬を膨らませたまま黙っていると、弥素次は笑みを消し、真顔でこちらを見た。急に真顔になられると、何事かと思ってしまう。膨らませた頬を戻すと、再び眉間に皺を寄せる
「何?」
聞き返しても、弥素次は言葉を返さずに見詰めている。何かしたのかと思うと、後退りしたくなる気分に陥ってしまいそうだ。
「弥素次」
名前を呼んで、我に返ったような表情を見せた。
「済みません」
慌てて謝っているが、何を考えていたのか気になる。
「何、考えてたんだよ?」
照れたような表情で弥素次に視線を外されて、益々気になってくる。無理矢理視線を合わせて聞き返した。
「言ってしまうと、育也が怒りそうなのですが」
今度は、困ったという表情に変わる。怒りそうだと言われると、更に気になってしまう。
「言えよ。言わねえと怒るかどうかなんて、分かんないだろ」
困った上に、気まずそうな表情で弥素次は視線を泳がせていたが、言い辛そうに小声で怒らないで下さいねと前置きした。前置することなのかと思いつつも、頷く。
「あの、長い髪、似合うだろうなって」
右手をしっかりと握り締めると、肘を曲げて構える。
「怒らないで下さいって、言ったでしょう」
「分かってるから、続き言えよ」
弥素次が余計なことを考えているのは分かっているが、言葉の続きを待つ。続き如何では、一発殴っておくつもりだ。
「初対面の時、自由奔放で、度胸もあって、少し短気な性格だと感じました。でも、二日目に入ってから、落ち着いて育也の態度を見ていると、態と男のように振舞っているように見えました。惣一さん達に反抗するように意地を張っているように思えるのです。時々、息を抜くように女らしい仕草を見せるので、意地を張るのを止めれば良いのではないのかと思いまして」
じっと、弥素次を見ていた。言葉を続けた途端に、弥素次の視線はこちらを捉えたまま、外そうともしない。
「そんなの、俺の勝手だろ。言われる筋合いなんかねえよ」
弥素次を睨みながら、言い返す。意地を張っていることくらい分かっているが、止めろと言われて簡単に止める気はない。
「確かに意地を張るのも、張らないのも育也の勝手です。でも、時々は肩の力を抜くべきではないのでしょうか。私の推測でしかないので、間違っていたら申し訳ないのですが、町の女性のように女らしくしたいのではないか。私には、そんな気がしてしまうのです」
返す言葉が見つからず、黙ったまま構えていた右腕を下ろした。替わりに、睨んだまま眉間に皺を寄せ、口を尖らせてしまう。
「少しずつ、意地を張るのを止めれば良いと思いますよ。急に変えても、育也が混乱するだけですからね」
たった二日で、育也の行動を見抜いたかと思うと、急激に腹立たしくなる。弥素次の言葉に答える代わりに、思いっきり舌を出してやった。不意をつかれたような表情で、弥素次が目を丸くする。
「絶対止めてやんねえ。俺の行動見る暇あんなら、自分のこともう少し考えろ。ばーか」
拍子抜けした弥素次に背を向けると、小屋に戻る。困ったような雰囲気を感じさせながら、小屋に足を向けた弥素次を待つ気もなく中に入っていった。




