根城は特定したけれど
「振り出し、か」
聞き終えた後、小さく呟いた連が苦笑した。弥素次達が盗賊と遭遇した場所を考えると、どうしても目星を付けた根城の断定は出来ない。惣一も育也も、考えるように地図を眺めている。釣られるように、視線を地図へ落とした。
賢治が零した墨汁は、幸い篠木の町から下側に零れた為、大して影響はない。大きな墨汁の染みは湖のように大きく模っており、篠木の町を流れる川が染みに向かって流れ出ているように見えた。何気に、川に沿って上の方へ視線を移す。森の途中で緩やかに曲がっている川に視線を沿わせ、山まで到達させると、弥素次は視線を留めたまま口を開いた。
「振り出しでもなさそうですよ」
三人の視線が、一斉にこちらへ向けられた。
「惣一さん、この川は何処まで舟で行けますか?」
惣一の答え次第で、目星を付けた場所が盗賊の根城であるか分かる。確認するように、惣一の視線が川に落とされた。育也と連も、視線を川に向ける。
「山に近い処までは行くよ。川からなら、俺達が盗賊と遭った場所も根城じゃないかって場所も、半日とかからない」
惣一の言葉に、育也の視線が弥素次に向けられた。答えるように、大きく頷いて見せる。
「間違いなさそうですね。連、どうします?」
ゆっくりと、連の視線が上げられた。決まっていると言いたげな色を瞳に宿らせているように見える。
「根城に行く、待ち伏せるなんぞ面倒なことはせんぞ」
誰も待ち伏せしようとは思っていないが、根城に行くとすると行く手段をどうするか。歩けば二日、舟なら一日かかる。
「惣一、根城まで案内を頼む」
笑みを浮かべた連に、惣一が嫌そうな表情を作った。
「舟で行こうとか、思わないのかよ」
「舟で行ったとしても、道案内は必要だろうに」
余程、盗賊と会いたくないのだろう、惣一が抵抗するが、連はさらりと言い返している。四人の中で一番森に詳しいのだ、連も頼らざるを得ないのだろう。
「分かったよ。で、どうやって行くんだ?」
「歩くさ。恐らく、根城の近くに人が来なくなったから、連中は舟を使いだしたのだろう。ならば、歩く方が遭う確率も低くなる筈だ」
連の言葉に、弥素次は確かにと思う。根城の近くは、印が多い。盗賊が出ると町に噂が流れれば、必然的にどの辺りで出るかも流れる筈。人が来なくなれば、盗賊達も獲物を狙って人の行く方へ向かう為、行動範囲も広がっていく。舟を使っているのであれば、川の流れに沿って下流へ行くのはごく自然なことだ。
「明朝、出発する。どうせ終わらせるなら、早いうちが良いからな」
言い終えて、連は賢治が握りしめている書く為の棒を、そっと取ると台の上に置いた。泣き出した賢治だが、こちらが話している間に眠くなってしまったのだろう、今は涙の痕を残したままぐっすりと眠っている。
「墨汁零した挙句に寝たよ、こいつは」
立ち上がった育也が、賢治の顔を覗き込んだ。
「済まんな、これも悪気はないんだ」
「分かってるって。でさ、こいつ誰の子供なんだ?」
弥素次は思わず、育也を見詰めてしまった。知らなかったのかと、改めて思う。連が、育也を見てにっこりと満面の笑みを見せた。
「私の子だ、可愛いだろう」
育也の視線が、連と賢治を交互に向けられる。すぐに眉間に皺を寄せた。
「こいつの将来、凄い不安になってきた」
今度は、連が眉間に皺を寄せている。
「安心しろ。お前のように、馬鹿の二文字を背負わせたりしない」
「連、人の娘を馬鹿呼ばわりするなよ」
育也よりも早く惣一が反論したが、連は聞いた途端に不思議そうに惣一と育也を見た。
「娘? お前、女だったのか?」
「聞くとこ、そこかよ」
「惣一の子だというのも驚いたが、女だったのにはもっと驚いた」
育也の呆れた口調に、連はまじまじと育也を見ている。確かに弥素次も気付かなかったが、付き合いも長い筈の連が、今まで気付かなかったのは不思議になる。単に連が無頓着だと言えば何も言えないのであるが、育也に武術を教えた張本人が、今まで気付かないというもの可笑しな話しだ。何を思ったのか、連が右腕を上げ、掌を育也の胸部に押し当てる。突然の連の行動に、この妖は何を考えているのかと、密かに弥素次は呆れてしまう。惣一も育也も驚いて、硬まってしまっているではないか。
「確かに、女だな」
右手を離すと、気付かなかったという表情で呟いた。
「連、育也が女性だというのは、確かめることなのですか?」
時折、連が何を考えているのか分からなくなる。
「当たり前だ。分かっていれば、別の武術を教えていた」
今更言うことなのかと思いつつも、育也を見る。育也の口は、何か言いたげだが、声が出ずに動くのみだ。
「もういいです。育也、荷物は何処にありますか?」
連のことは放っておいて、弥素次は育也に話を移す。薬屋に戻るまで行かないと喚いていたくらいだ、何処かに宿を取っていただろうと思われる。
「宿屋」
未だ硬まったままの育也だが、何とか答えてくれた。一度、連から離すには丁度良いだろう。
「荷物を引き取りに行きましょう」
育也の右腕を掴むと、半ば引き摺るように弥素次は出口に向かう。
「惣一さん、行ってきます」
苦笑いを浮かべながら惣一が頷いたのを見て、外に出ると宿屋を目指した。




