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篠木の伝承 三年の旅  作者: ながとみコケオ
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里帰り

「おーろーせー!」

 必死になって下りろうとしている育也が、両腕で左肩を押して抵抗している。薬屋から来た時の道を帰るように、横通りを抵抗している育也を抱えたまま戻る。向けられた町の者たちの視線は、驚くと言うよりも何処か微笑ましいと言いたげで、詰所にいた時から感じていた印象とは、随分変わってしまった。昔の育也を知っている町の者達が、町にいない間に育也が随分成長したのだと認識したせいだろうか。

「触んな、抱えんな、連れていくな、下ろせ、行かない、行きたくない、会いたくない、会わせんな!」

「黙っていて下さい。耳元で大声を上げられるのは、好きではありませんから」

 いくら町の者達の視線が変わったとはいえ、これだけ騒がれてはうるさくて敵わない。眉間に皺を寄せて、弥素次は育也を見た。

「本当に行きたくないんだ。下ろしてくれ」

 騒ぐのは止めたものの、育也の両腕はまだ抵抗している。いい加減、観念してほしいものだ。

「行きたくないではなくて、行かないと盗賊の情報は頂けませんよ」

「別に、俺の任務は盗賊退治じゃねえよ」

 小さく呟いて、育也は両腕の力を抜いた。

「てめえの護衛だ、馬鹿」

 耳元で囁くと、抵抗する代わりに左耳を引っ張り、すぐに放した。

「育也、人の耳を引っ張って言うことではないと思いますよ。でも、ありがとうございます」

 何ともいえない顔をして、育也が黙り込んでしまった。そのまま横通りを歩いて行く。育也が、思った以上に軽くて助かった。育也の実家まで抱えられるか、正直不安があったが何とかなりそうだ。しかし、気のせいか、育也は随分と体が柔らかく感じる。肥満ではなく、もっと別の感覚。

 横通りを右へ曲がり、東中一通りへ入ると足を止めた。横通りと、南横一通りの間の店は一軒しかない。

「育也、言葉遣いをもう少し、丁寧にしようと思いませんか?」

 連の言っていた正反対は、育也の性格だけではなかったのだと、今頃になって思い知らされてしまった。

「嫌だね」

 再び歩き出し、真っ直ぐに育也の実家を目指す。

「そうですか」

 それ以上は、何も言わなかった。何を言っても、今の処育也は改める気はないらしい。育也の実家の入口へ着くと、戻りましたと声をかけて中へ入って行った。

 店内には、微かに苦味のある薬草の臭いが漂っている。少し前まで、薬の調合をしていたらしい。

「やしょじ、お帰りなしゃい」

 店の中で乾燥した薬草を五つ程、左手に束ねて持っていた賢治が、駆けよって来た。育也を見て小首を傾げる。

「やしょじは、お兄ちゃんをだっこして帰ってきましたねえ。賢治もだっこして下しゃい」

 右手で服を掴み、にっこりと笑顔で言っているが、抱き上げられている育也は、不貞腐れた顔で大人しくしている。

「賢治、少し待って下さい。それより、惣一さんはいますか?」

 賢治に聞くと、うーんとねえ、と考える素振りを見せる。それから大袈裟にああ、と言うと、こちらを見上げた。

「しょーいちはでしゅねえ、やくしょうを取りに、しょうこに行きました」

「では、少し待てば戻って来ますね」

 賢治の言葉に聞き返すと、大きく頷いた。

「下ろせよ、いい加減。ここまで来て、今更逃げねえよ」

 不貞腐れたまま、育也が弥素次を見ている。既に、逃走は諦めているのか、抵抗する素振りすら見せないが、念には念を入れておく。

「もう少し、我慢して下さい。今下ろすと、育也は惣一さんの顔を見ずに出て行ってしまいそうなので」

「あのな、今更逃げねえっつってんだろーが。少しは信用しろ!」

 癇に障ったのか、育也が力任せに背を叩く。痛いと思いながらも、下ろす気は全くない。

「弥素次帰って。どうしたんだ、その人?」

 店の奥から戻って来た惣一が、帰って来たのかと言おうとしたが、育也を見て不思議そうに聞いている。声を聞いた育也が、一瞬身を硬くした。

「只今、戻りました」

 笑顔で答えて、育也を下ろす。下ろされた育也は、嫌そうな表情をしたまま、惣一を見ようとしない。

「あの、惣一さんの娘さん。行方が分からないって、詰所で聞きました」

「詰所で? 何だい、今頃話したのか」

 惣一の顔が、一瞬暗い表情を作った。口に出さないが、心配しているのはすぐに分かった。

「はい」

「そっか」

 惣一の溜息を聞いて、育也は何を思っているだろう。表情は見えないが、じっとしたまま、聞き耳を立てている。

「で、その人は誰だい?」

「はい、柳の護衛隊副隊長です」

 育也の向きを変えようと肩に手を掛けるが、育也の両手がこちらの服をしっかりと握っている為、向きを変えられない。仕方なくそのまま話を続ける。

「何だってそんな人が、此処にいるんだい」

「連が呼んだのですよ。一人呼ぶと言っていたでしょう」

 にっこりと笑顔で言うと、へえっと声を上げた。

「そうなんだ。でも、何でこっち向かないんだ?」

 不思議そうにしながら、惣一が聞き返した。ちらりと見た育也の表情が、強張っており、視線が一点を見たまま動こうとしない。

「惣一さんに会うのが、久し振りなので緊張しているのですよ」

 にっこりとしたまま、今度は育也の両手を服から外して、右腕を育也の肩にまわすと向きを変えさせた。向きを変えられた育也は、視線が急激に左右へ動いてしまう。最後に惣一を見て、居心地悪そうにしながら小さく呟いた。

「た、ただいま」

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