里帰り
「おーろーせー!」
必死になって下りろうとしている育也が、両腕で左肩を押して抵抗している。薬屋から来た時の道を帰るように、横通りを抵抗している育也を抱えたまま戻る。向けられた町の者たちの視線は、驚くと言うよりも何処か微笑ましいと言いたげで、詰所にいた時から感じていた印象とは、随分変わってしまった。昔の育也を知っている町の者達が、町にいない間に育也が随分成長したのだと認識したせいだろうか。
「触んな、抱えんな、連れていくな、下ろせ、行かない、行きたくない、会いたくない、会わせんな!」
「黙っていて下さい。耳元で大声を上げられるのは、好きではありませんから」
いくら町の者達の視線が変わったとはいえ、これだけ騒がれてはうるさくて敵わない。眉間に皺を寄せて、弥素次は育也を見た。
「本当に行きたくないんだ。下ろしてくれ」
騒ぐのは止めたものの、育也の両腕はまだ抵抗している。いい加減、観念してほしいものだ。
「行きたくないではなくて、行かないと盗賊の情報は頂けませんよ」
「別に、俺の任務は盗賊退治じゃねえよ」
小さく呟いて、育也は両腕の力を抜いた。
「てめえの護衛だ、馬鹿」
耳元で囁くと、抵抗する代わりに左耳を引っ張り、すぐに放した。
「育也、人の耳を引っ張って言うことではないと思いますよ。でも、ありがとうございます」
何ともいえない顔をして、育也が黙り込んでしまった。そのまま横通りを歩いて行く。育也が、思った以上に軽くて助かった。育也の実家まで抱えられるか、正直不安があったが何とかなりそうだ。しかし、気のせいか、育也は随分と体が柔らかく感じる。肥満ではなく、もっと別の感覚。
横通りを右へ曲がり、東中一通りへ入ると足を止めた。横通りと、南横一通りの間の店は一軒しかない。
「育也、言葉遣いをもう少し、丁寧にしようと思いませんか?」
連の言っていた正反対は、育也の性格だけではなかったのだと、今頃になって思い知らされてしまった。
「嫌だね」
再び歩き出し、真っ直ぐに育也の実家を目指す。
「そうですか」
それ以上は、何も言わなかった。何を言っても、今の処育也は改める気はないらしい。育也の実家の入口へ着くと、戻りましたと声をかけて中へ入って行った。
店内には、微かに苦味のある薬草の臭いが漂っている。少し前まで、薬の調合をしていたらしい。
「やしょじ、お帰りなしゃい」
店の中で乾燥した薬草を五つ程、左手に束ねて持っていた賢治が、駆けよって来た。育也を見て小首を傾げる。
「やしょじは、お兄ちゃんをだっこして帰ってきましたねえ。賢治もだっこして下しゃい」
右手で服を掴み、にっこりと笑顔で言っているが、抱き上げられている育也は、不貞腐れた顔で大人しくしている。
「賢治、少し待って下さい。それより、惣一さんはいますか?」
賢治に聞くと、うーんとねえ、と考える素振りを見せる。それから大袈裟にああ、と言うと、こちらを見上げた。
「しょーいちはでしゅねえ、やくしょうを取りに、しょうこに行きました」
「では、少し待てば戻って来ますね」
賢治の言葉に聞き返すと、大きく頷いた。
「下ろせよ、いい加減。ここまで来て、今更逃げねえよ」
不貞腐れたまま、育也が弥素次を見ている。既に、逃走は諦めているのか、抵抗する素振りすら見せないが、念には念を入れておく。
「もう少し、我慢して下さい。今下ろすと、育也は惣一さんの顔を見ずに出て行ってしまいそうなので」
「あのな、今更逃げねえっつってんだろーが。少しは信用しろ!」
癇に障ったのか、育也が力任せに背を叩く。痛いと思いながらも、下ろす気は全くない。
「弥素次帰って。どうしたんだ、その人?」
店の奥から戻って来た惣一が、帰って来たのかと言おうとしたが、育也を見て不思議そうに聞いている。声を聞いた育也が、一瞬身を硬くした。
「只今、戻りました」
笑顔で答えて、育也を下ろす。下ろされた育也は、嫌そうな表情をしたまま、惣一を見ようとしない。
「あの、惣一さんの娘さん。行方が分からないって、詰所で聞きました」
「詰所で? 何だい、今頃話したのか」
惣一の顔が、一瞬暗い表情を作った。口に出さないが、心配しているのはすぐに分かった。
「はい」
「そっか」
惣一の溜息を聞いて、育也は何を思っているだろう。表情は見えないが、じっとしたまま、聞き耳を立てている。
「で、その人は誰だい?」
「はい、柳の護衛隊副隊長です」
育也の向きを変えようと肩に手を掛けるが、育也の両手がこちらの服をしっかりと握っている為、向きを変えられない。仕方なくそのまま話を続ける。
「何だってそんな人が、此処にいるんだい」
「連が呼んだのですよ。一人呼ぶと言っていたでしょう」
にっこりと笑顔で言うと、へえっと声を上げた。
「そうなんだ。でも、何でこっち向かないんだ?」
不思議そうにしながら、惣一が聞き返した。ちらりと見た育也の表情が、強張っており、視線が一点を見たまま動こうとしない。
「惣一さんに会うのが、久し振りなので緊張しているのですよ」
にっこりとしたまま、今度は育也の両手を服から外して、右腕を育也の肩にまわすと向きを変えさせた。向きを変えられた育也は、視線が急激に左右へ動いてしまう。最後に惣一を見て、居心地悪そうにしながら小さく呟いた。
「た、ただいま」




