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篠木の伝承 三年の旅  作者: ながとみコケオ
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町人と育也

 篠木の町に着くと、育也は主と別れて中通の宿屋に入った。一番に店主と視線が合うが、こちらの顔を覚えていないのか全く気付く様子がない。好都合だと思いながら、店主の前まで行く。

「暫く泊まりたいんだが、空いているか?」

「空いているよ」

 宿帳と部屋の鍵を渡されると、名前を書く。宿屋の店主が、宿帳に書いた名前を見て驚いた表情を見せ、育也を食い入るように見詰めた。

 思い出したらしいと思いながら、宿帳を渡す。渡された店主の口は鯉のように口が動いているが、気にすることなく鍵を取り部屋へ向かう。階段を上がり、二階の一室の鍵を開けて中に入った。

 一人部屋の小さな部屋で、正面に小さな窓、右側に寝床、左側に机と椅子がある。殆どの宿屋はこんな部屋で、変わるのは部屋の大きさと家具の配置くらい。厠と風呂は男女別だが、共同で使用する。

 荷物を壁際へ無造作に置き、再び部屋を出て鍵を閉めた。一階に下りると、店主が身構えていたが、素知らぬ振りをして鍵を預け、外に出る。店主の視線が、ずっと育也の背を見ている。これでは戻った時も、同じ表情をされてしまう。仕方なく振り返り、店主を見た。

「出かけてくる」

 店主の表情が、一瞬で間抜けた表情になったのを確かめて、詰所へ行く。

 宿屋からは大した距離ではないので、すぐに着いた。警備の衛兵に見向きもせず、中に入り右側を見る。台に地図を広げて、衛兵の一人と背の高い青年が難しげな表情で地図を見詰めていた。見ただけで分かった、あの二人は盗賊の件で話していると。大股で二人に近づいて青年の隣を陣取ると、地図を覗き込む。

「何の用だ?」

 驚きつつも、衛兵が聞いてくる。育也は一度顔を上げ、衛兵を見返した。

「気にしなくていい、続けてくれ」

 地図上の印は、盗賊の出没した場所だ。山に近い方が多く記されているが、広範囲に亘って記されており、根城を絞り込むには困難な状況になっている。

「あの、この地図を見ただけで、お分かりになられるのですか?」

 異常に丁寧な言葉遣いだと思いつつ、青年の顔を見上げた。呑気そうな性格だが、芯は強く見える。そういえば、急に割り込んだから名前も何も聞いていない。

「この辺りで今、噂になっている盗賊のことだろう。地図の印からして、出没した場所が多すぎて根城が絞り込めないから、難しい顔してるぞ」

 外が妙に騒がしいが、気にすることなく育也は青年に言葉を返す。

「ええ、その通りです」

「こんなに被害が出るまで、どうして放っておいたんだ?」

 向いの衛兵に聞くと、一瞬視線を逸らした。

「主がいるんで、こちらも手が出せない」

「安心しろ、立派な偽者だ。本物は盗賊と一緒にいても、退屈しのぎにもならないさ」

 先程別れた、主の顔を思い出す。人を見る度に小馬鹿にするあの態度は気に食わないが、間違っても盗賊といることなどありえない。

「妖霊山の主をご存知なのですね」

「知ってる、腹が立つくらい嫌な奴だけどな」

 育也が溜息を一つ吐くと、青年が不思議そうな表情を作った。

「大変だ、育也が戻ってきた!」

 青年が何か言おうとしたが、寸前で宿屋の店主が駆け込んできてしまい、言わないまま視線を向けた。

「ここいるけど」

 ま、こうなるだろうと思ってはいたが、予想通りの行動をとられてしまい、育也は少々呆れながら宿屋の店主を見て呟いた。

 店主が、目を白黒させている。先程から妙に外が騒がしいと思っていたのは、町の者が育也を見に来ていたかららしい。詰所に人だかりが出来ている。

「盗賊。国王が妖霊山の主に、正式に盗賊討伐の依頼をした。盗賊の中に主の名を騙るものがいるんでね。国王は篠木に詳しい私を、主の助手として任命された」

 ゆっくりと、しかし全員に聞こえるように大きな声で言う。一旦言葉を切ると、軽く息を吸い込んだ。

「文句ある奴は、国王に言え!」

 静かになった。話していた向いの衛兵も、隣の青年も驚いて見ている。知ったことか、自分が言いたいことを言って何が悪いと思いながら、育也は地図に再び視線を落とす。何か手がかりがないか、もう一度良く見てみる。

「あの、連に呼ばれたのですか?」

 連? 誰だと思いつつ青年の顔を見上げた。

「連が、依頼主に言って一人こちらに呼ぶと言われました。誰とは私も聞いておりませんでしたので、分からないのですが」

 思い出した、連は主の名前だ。主の名前を知っていると言うことは、目の前にいるのは。

「お前、弥素次?」

「はい」

 にっこりと笑顔で返事をされ、育也は渋い顔になった。緊迫感のない奴だと、心の中で思う。出来れば今すぐにでも、濡れ衣が晴れるまで動くなと言ってやりたい。ここが詰所でなければ、確実に言っていただろう。出かかった言葉を、何とか呑み込む。

 静かになった外は、再びざわめき始めている。

「あのな、緊迫感くらい持てよ、緊迫感くらい」

「持っているつもりなのですが」

「何処が?」

 弥素次が言葉に詰まった。どうせ、考えたことないんだろと思いつつも、もう良いと一言言う。

 詰所の外では相変わらず、騒がしい。いい加減うるさく感じてきた育也は、大股で詰所の出入り口へ行く。町の者達は、恐いもの見たさのように育也を見ている。最大限に息を吸い込むと、本日一番の大声で怒鳴ってやる。

「俺は見世物じゃねえ、帰れ!」

 慌てて逃げていく人達を見送って、溜息一つ吐いた。

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