迷いと盗賊退治
弥素次と連が薬屋に戻って来ると、一番に惣一の安堵した顔を見た。亜己は普段通りに、何も言わずにお茶を入れている。賢治は壁際の長椅子で、昼寝の真最中だ。台を囲んで席に着くと、すぐに俯く。何も言わずにここを出てしまった為、申し訳ない気持ちが惣一達を正面から見ることを拒んでいた。
亜己がそれぞれの前にお茶を置き、自分も空いている席に座る。口を開くには重すぎる沈黙が四人の間に流れ、気まずい気分に益々拍車がかかっているかのようだ。
「弥素次、お前檜の何処で生まれ育った?」
黙っていても埒が明かないと思ったのか、連が最初に沈黙を破る。
「檜の首都、檜樹≪ひじゅ≫」
言って良いものかと迷いながら、弥素次は小さな声で呟いた。まだ、全てを語る決心など何処にもない。聞かれたことに、小さく答えるのが精一杯だ。
「檜樹の何処だ?」
知ってか、知らずか連は、更に詳しく聞く。
「檜樹の」
次の言葉を出して良いのだろうか。言えば気持ちは楽になるが、その後に見せる惣一の反応を考えると、言わない方が良いとも思う。
「弥素次、ちゃんと言ってくれ」
様子に気づいたのか、惣一が視線を捉えようと顔を覗き込みながら言う。惣一にしてみれば、自分の本音を聞きたいと思う気持ちがあるのだろうし、性格上親身になってくれる気持ちも分かる。だが、言ってしまえば距離を置かれる可能性もありうるのだ。
「言う勇気がないか?」
静かに聞いた連の言葉に、小さく頷く。
「すみません、言えない」
惣一の視線を避けるように言いながら、弥素次は余計に頭を下げた。惣一達に距離を置かれるのを、心のどこかで拒んでいる。三年間、一人でいることに慣れていた筈なのに、惣一達に会ってから人の温もりが心地良く感じて、一人になりたくないと拒絶しているのだ。
「弥素次」
顔を上げなくても、惣一が今どんな表情をしているのか分かっているが、言葉に出来ずにいる自分が妙に情けなくなる。喉まで言葉は出ていても、後少しの処で惣一達といたいと思う気持ちが抑え込んでいるのだ。
「無理強いはしない。だが、これだけはお前の口から聞きたい」
別の話に替えた連の方へ、弥素次は少しだけ顔を向けた。連は少々気が短いようで、聞いても無駄だと思ったのだろう。
「盗賊共を一掃して欲しいと、依頼がきたんだ。弥素次に、手伝ってもらいたいのでな」
驚いた顔をしたのは惣一だ。勢い良く席を立つ。
「反対! 何で、弥素次に手伝わせようとするんだ」
「惣一、座れ」
連の視線が、惣一に静かに向けられる。惣一が渋々座るのを確認して、連はにっこりと笑みを見せた。何かを考えていると連の笑みは、言っているように見える。
「手伝ってもらう理由は、三つある。一つは、篠木の町の安全確保の為、一つは、柳でのお前の知名度を上げる為。残りの一つは、檜の兵が簡単に手を出せないようにする為だ」
「一つ目は分かります。でも」
漸く顔を上げて、弥素次は連を見た。盗賊退治と追手と何の関係があるのか。
「簡単だ。二つ目は、盗賊を退治してしまえば名が知れる。名が知れれば、町の者は会う度に声をかけて来る者もいるだろう。会話を増やせば自然と顔も知れるし、知り合いも増えてくる。当然、柳の兵も含まれてくる」
一端言葉を切った連はお茶を一口飲み、再び話し出す。
「知る者が増えれば、三つ目にかかってくる。知名度もあり、知り合いも多い者に安易に手を出せば、すぐに知れてしまう。許可を得ていない檜の兵がいると知れれば、柳の兵は許可のない兵を捕える権利を持っているわけだから」
言ったん言葉を切ると、連は意味ありげな笑みを浮かべた。
「国自体を、相手にすることになる」
「でも、上手く事が運ぶとは、思えませんが」
連の狙いは国自体を相手にさせることにあるのかと思いながらも弥素次が聞き返すと、連は笑みを崩さぬまま視線を向けた。
「盗賊の件は、残り二つの切っ掛けに過ぎん。あとは、お前次第だな。だが幸いここは薬屋で、店にいても配達に出ても誰かと必ず言葉を交わす」
あっ、と急に惣一が声を出した。
「盗賊退治したって噂が広まれば、店を開けている間は誰かが必ず見物に来るから、弥素次の対応次第じゃ顔を覚えてもらうのもそれだけ早くなる。でも、国王の弟さん捜さないといけないのに、顔を知られて大丈夫なのか?」
全てを知っていると語っている連の笑みは、いくら弥素次が嘘で事実を塗り固めても、簡単に見抜かれてしまっていると思う程だ。惣一に知れるのも、時間の問題だろうとさえ思えてしまう。
「大丈夫です」
惣一達に全てを知っていてもらいたい、ふいに思う。今の状態が崩れてしまうかもしれないが、崩れてでも話したい。話さなくてもいずれは知られるだろう。連が隠すことを許さない。何処かで知れてしまうのなら、今話しても良いのではないのか。もしかしたら、連は自分が惣一達に全てを話させる為に、盗賊退治などと言う依頼を受けたのかもしれない。
「弥素次、お前に明日武器を渡したいんだが、一番得意な武器を教えてくれ」
だからと言って、今聞かれたことを素直に口にして良いものだろうか。だが、嘘を吐いたとしても渡される武器は、一番得意とする物を持ってくるだろう。ゆっくりと口を開いた。
「腕の長さ程度の片刃です。一双の」
へえっと惣一の感心したような声が漏れた。
「そうか。では、明日渡す」
短く答えると、一呼吸置いて連は言葉を続ける。
「盗賊退治のことだが、実は情報自体が少ないんだ」
つまりは、盗賊の情報収集から始めなければならないということ。先が長そうだと思いつつも、連の話に耳を傾ける。
「先程言ったように、ここは薬屋で人も集まる。そこで、惣一に頼みがあるんだが、客にそれとなく盗賊のことを聞いてほしい」
連の言葉に、惣一が驚いた表情を再び浮かべた。
「何で俺まで?」
「弥素次の為だ。それに、弥素次には町の中での情報収集を頼みたいんだ。頼む」
「あのな、弥素次は襲われたんだぞ。襲われたのに、町に出ろって言うか。明らかにおかしいだろ」
今度は呆れた顔へと、忙しく惣一は表情を変えている。
「だから、武器を渡すと言ったんだ。得意な武器なら早々やられはしないし、運が良ければ返り討ちくらいには出来るしな」
「分かりました。で、連はどうするのです?」
どうも連は、こちらの素性を知りつくしているような気がする。
「確認したいことがあるから、依頼主の処へ行ってくる」
確認。連は、何を確認するつもりなのか。
「何の確認ですか?」
聞き返すと、連はこちらを指差した。
「依頼主が心配していたんでな、一人こちらに呼ぶようにしようと思っている。呼ぶ奴の目星も、もう付けているんだ。ある程度腕もあるし、お前とは正反対に近い性格だ。良い刺激にもなるだろうから、依頼主に確認をとって呼ぼうと思っている」
正反対に近い性格の人物を呼び寄せて、連は何をさせようというのか。一抹の不安を覚えてしまう。
「それと、済まんが賢治を預かってくれ」
長椅子でぐっすりと眠っている賢治を見て、連は母親の優しい表情を浮かべる。連も母親だ、賢治の寝顔は可愛らしく思えるのだろう。
「預かるのは良いけど、泣きださないか?」
「その時は、弥素次にあやしてもらえ。あれは、弥素次を気に入っているみたいだからな」
席を立ちながら、連は言うとそのまま出て行ってしまった。




