・110・本当の捕食者は
……意味、わかんない、とミーは呟く。
「……ミーがどんなに、おいし…そうでも、オレは……ミーを食べたり、しない。……むしろ、オレが食べら…れる、から」
話すキムの声に、またしっとりとした熱がこもってきて、ミーは反射的に恐怖を覚える。
しかも、間近にあるキムは、恍惚とした笑みを浮かべ、愛しげにミーを見つめているのだ。
あの、リリと同じような。
キムは一体何を言っているのか。
あきらかに獲物を見つけた眼をしているのに、なぜよりにもよってミーがキムを食べたりすると言うのだろう。
あまりの不可解さに、ミーは無意識に顔をしかめ、 キムの胸を押して距離をとった。
すんなりと離れたキムだが、変わらずうっとりとした視線をミーに向けてくる。
ぞわりと背中を走ったのは、一体なんだろうか。
コワイ、と思っているのに、それと同時にあの名前のつけたくない感覚がこみ上げてきて、ミーは動揺した。
キムの瞳を見ちゃいけない、と頭の片隅で考える。
が、艶やかな紫に心を絡み取られて、目がそらせない。
キムは音もなく白いテールを一本出すと、自身の右手の平を躊躇なく切った。
唐突すぎて状況が理解できないミーの鼻は、無意識にあの"いい匂い"を嗅ぎ取る。
思わず大きく吸い込めば、キムはにっこりと笑みを深めた。
すっと差し出された血の溜まった右手に、ミーは驚くも、意に反して身体は吸い寄せられるように覗き込む。
手の平を赤く染める液体。
それはどうしても惹きつけられてしまう、"いい匂い"を発している。
「……ミーは、さ……ヘキサの血、が甘く感じ…るんでしょ?」
囁くような問いかけに、疑問に思いながらも首肯する。
「……ミーは、ヘキサだよ…間違いなく。……甘い香り、で獲物を引き…寄せて、捕食する」
キムは右手の平の血液に左の人差し指をつけると、素早くミーの口につっこんだ。
いきなりのとんでもない行動に驚愕し、しかし甘い血の味につい舐めてしまった自分に、ミーは愕然とする。
「……ミーはね、ヘキサを食べる…ヘキサなんだ、よ」
悦を浮かべたキムの紫の瞳の中に、奇妙な笑みを描くミーの歪んだ顔が映っていた。