・108・ミーの怒り
ミーは今、自分がヘキサアイズになっている事を完全に忘れていた。
ヘキサであれば、ミーはヘキサと同種の匂いをまとうはずで、キムが食欲を覚えるはずがない。
しかし、混乱と怒りと、ミーの内に溜まる感覚が、ミーの感情をグチャグチャにした。
そしてキムは、最近見せなかった口調にそぐわない俊敏さで、ミーから距離を取った。
怒ったミーすら、一瞬唖然とする早さで。
しかも、あろう事か、キムは距離をとってミーの前に片膝をついて、頭を下げた。
つまり、いわゆる跪く姿勢をとったのだ。
理解できない行動だったが、すでにこれまでのキムの行動で怒りに火がついていたミーは、かまわずそのつむじに向かって言いつのった。
コワイよ、キム!なんであんな事するの!?なんで抱きしめたりするの!?なんであんな……!意味わかんないよ!コワイ!なんでコワイ事するの!?私が食べたいなら、そう言えばいいじゃん!でも……守ってくれるって言ったじゃん!なんで、なんで……!?
言葉をぶちまけながらも、勢いはだんだん弱くなり、最後には溢れ出した涙に、口を閉ざしてしまった。
嗚咽をもらし、必死に涙を拭おうとするが、涙腺は決壊したかのように止まることを知らない。
床に座り込んで、顔を両手で覆い、混沌とした心中を抱えて、ミーはもう何がなんだか分からなくなった。
キムの行動は、裏切られたような、決められたルールを破られたような、そんな衝撃だったのだ。
そしてそれは、ミーの内の奥底にあるモノを呼び起こそうとする。
ミーが認めたくないモノ、名前をつけたくないモノだ。
それを無理矢理引きずり出そうとされる度、ミーは抑え込もうとしてきたのに。
少し前に考えていた事、とっくの昔にミーが気づいてしまっていた感情。
しかし、それはミーの特異な体質の故に、キムに伝える事は決してない、とミーは決めていたのだから。