・105・癒しのハーブティー
午後10時を過ぎた頃、ミーのスマホにキムからの連絡が入った。
昼頃に別れる際、夜にまた来ると言っていた件で、今から家に言っても大丈夫か、という確認だった。
それに大丈夫と返信し、キムがきた時に出せるよう、お茶の準備を始める。
始めはココアだったが、次第にレパートリーが増えて、今は主にハーブティーを出している。
ミーの元々の趣味で飲んでいたら、キムが興味を持ったので、試しに出したら気に入ったのだ。
いろいろと尋常でない体験をした事と、キムは仕事終わりで疲れているだろうからと、リラックスできるハーブをブレンドしてみる。
本当は香りを楽しんで飲むものだが、キムは甘党なため、専用に蜂蜜も用意してある。
キムが到着したのは、連絡が来て10分も経たないくらいだった。
ちょうどポットを温めていたミーは、作業の手を止め、キムを招き入れる。
お礼を言って入ってきたキムに、少し待ってねと声をかけ、数分でハーブティーのカップを差し出した。
ゆっくり香りを吸い込んだキムが、ふぅー……と息を吐く。
なんとなくお疲れ様と言うと、キムはにっこりと笑みを深めて小さく頷いた。
しばし、二人でお茶を飲み、心地よい沈黙に浸る。
長い身体を器用にたたんでクッションに座り、静かにカップを傾けるキムを、ミーはなんとなく見つめる。
色素の薄い茶色の短めの髪に、瞳。
シャープなラインが象る輪郭に、バランスの良い顔立ち。
標準装備の微笑はいつ見ても、何度でも綺麗という言葉を想起させる。
そんな美貌に魅入りながら、キムは何の用があるんだろう、とミーは考えていた。
◆◆◆
ーーーーそれは、唐突に起こった。
キムが置いたカップの中身が、あとわずかになっている。
それに気づいたミーが、おかわりいる?と尋ねた時。
考え込むようにどこか宙空を見つめていたキムが、すっとミーを見据えた。
それがあまりにも俊敏な動きで、見覚えのある強い視線に、ミーは内心びくりとしながらも、……キム?と首を傾げた。
すると、キムの双眸が、あの淡い紫の光を放つ。
思わず、ミーは喉の奧で悲鳴を飲み込んだ。
ヘキサになったキムは、何かおかしくなる。
おそらく、美味な『人間』の香りを放つミーを食べたくて仕方がない可能性がある。
瞬時によぎった考えに、ミーは慌てて自身もヘキサに変化した。
実感がないため判断できないが、きっとミーの瞳も青い光を灯しているだろう。
こうすれば、ミーの香りは『人間』のハチミツの匂いから、ヘキサアイズのミントのような匂いに変わる、はず。
なぜか判別のできないミーは、不確定な事実に不安を抱えながら、キムの様子を慎重に窺った。