・104・事情聴取が終わって
黒いスーツの後ろ姿を見送って、ミーは内心、意外と優しい人だったな、と呟いた。
以前の酷薄な態度のせいで、灰原ウォーに対しては、コワイという印象が強かった。
しかし、この数時間の対面の中で、ミーに関する誤解が解け、ウォーが態度を変えたためだろうか。
初っ端の真剣な謝罪や、キムとの会話、終わりのミーに対するフォローなどから、根本的には非情な人ではない、という認識を持った。
だがやはり、刑事という職業柄か、質問する口調は圧力があったし、手がかりを掴もうと必死になっている様子は正直怖かった。
もっとも、それは自分ではなく主にキムに対しては向けられていたため、ミーはほとんど空気のようではあったけれど。
それと同時に、キムのウォーへの態度についても思案する。
初めてのウォーとの対談では、ミーを守るためと、ウォーの正体が不明だった事から、キムも警戒していたはずだ。
しかし、キムはミーがバイトに向かった後、灰原ウォーと会話を続け、《協会》への登録手続きまでしている。
短い時間でミーの印象が変わったのだから、キムもウォーに対する警戒は解かれていてもおかしくないはずだろう。
だが、キムはウォーから呼び出しがかかった時点で、機嫌が悪くなった。
原因は別にあるかもしれないが、対談中、始終ピリピリとした雰囲気をまとっていたし、ウォーの質問への返答も、どこか挑発的に思われた。
それに、途中で見せたあの表情。
ミーの知らない、捕食中のリリのような眼をしたキムの、歪んだ笑み。
いつの間にかいつものキムに戻っていたけれど、あれは一体どうしたのだろうか。
昨晩から今朝、現在にかけて、あまりにもたくさんの事を体験している気がする。
誘拐されたあの事件の時の、濃すぎる非日常体験と同じくらいに。
そんな風に、顔だけは机上に向けて、ぼんやりと思考していれば、
「……ミー、大丈夫?」
キムが心配げに顔を覗き込んできた。
それに困ったような笑みを浮かべ、ちょっと疲れたかも……、と答える。
キムはますます眉根を下げて、
「……そう、だよね。……家まで…送る」
言って、ミーの背中を撫でた。
ミーはのわずかに残っていたチョコレートプリンを食べると、キムのバイクで家まで送ってもらった。
キムはミーの家に着くなり、今日はゆっくり休んで、何かあったらすぐに連絡して、ただし用がない限りは外出はいないで、夜にまた来るから、と矢継ぎ早に喋ると、あっという間にバイクで走り去った。
ミーがはっとして時間を確かめてみると、もうすぐ正午になろうとしている。
今朝、何回か仕事は大丈夫なのかと尋ねた時、キムはなんでもないように答えていたが、やはり支障があったのではないだろうか、とミーは心配になった。
自分が危機感がないばかりに、キムに迷惑ばかりかけている。
そう改めて実感して、ミーはしばし落ち込んだ。
そして、これ以上の心配はさせないように、言われた通り家の中で大人しくする事にした。