・101・発端の男
ス、とウォーに目線をやったキムが、
「……アイツはもう、いないよ」
はっきりと断言する。
「ーーなぜ、そう思われるんですか?その根拠は?やはり、貴方は何か知っているんですねっ」
ウォーは目を見張って、弾かれたように身を乗り出す。
しかし、キムは妖しげな笑みを浮かべたまましばし沈黙し、一つの言葉を紡いだ。
「………………芝崎タチ」
「っ!それは……!……その男がなんだと言うのです?」
その名前に一瞬さらに目を大きくした後、ウォーは訝しむように目を眇めた。
全く聞き覚えのない名前、そして二人の異様な様子に、話についていけず、ミーはひどくモヤモヤとした。
自分がここにいる必要はあるのだろうか、とまで思えてきて、撫でられていた手をそっと抜き取る。
それにキムが視線を向けてきたが、目が合う前に反対側に顔を背けた。
見た事もなく、あの時のリリにも似た色を持つキムの瞳を、これ以上見たくなかった。
リリに関する事情聴取が終わったのなら、他の話はキムとだけすればいい。
キムの雰囲気に対する恐怖とモヤモヤとが混ざり合って、どこか投げやりな気持ちで、ミーは小さくため息を吐いた。
けれど、そんなミーの様子に気がつかないのか、ウォーは話を続ける。
「芝崎タチーー貴方達を誘拐し、ヘキサアイズに変態させる人体実験をしていた容疑者ですが……確かに彼も行方が掴めていません。しかし、なぜそれをキムさん、貴方が知っているのでしょうか」
ミー達を誘拐した男と聞いて、なるほど、とミーは納得する。
あの男はそんな名前だったのか、と思い、どうでもいいな、とも思う。
それに加えて、どうやらその芝崎タチも、リリと同様に行方不明のようだ。
ミーは反射的に、あの事件の事を思い返す。
そういえば、ミー達が脱出しようとした時、地下の施設に男の姿はなく、初めに拘束されていた部屋に大量の血液が残っていた。
ミーが目覚めた時には既にそうなっていたが、結局、男は生きているのだろうか。
それとも、もう死んでいるのか。
ウォーが行方を掴んでいないということは、まだ生きているのかもしれない、とミーは考えた。
「……芝崎タチも、もういない」
ゆっくりと答えるキムの声音は、気のせいか沈んだように聞こえる。
「なぜそう断言できるのです?その理由を聞いているんです!」
語調を強くしたウォーが、ダン!とテーブルを叩いた。
思わずびくりと身を震わせて、顔を上げるミー。
ぱちりとウォーと目が合って、はっとしたようにウォーは口をつぐみ、乗り出していた身を引く。
「……大丈夫?」
横からかけられた優しげな言葉につい振り向けば、先程までの歪んだ微笑は消え、いつもの、ミーのよく知る儚げな表情のキムがいた。
知らず内心安堵して、う、うん、と答える。
そっと背中を撫でた手つきは優しく温かく、もうなんの違和感も抱かなかった。




