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13番目の婚約者に選ばれたけど、王妃になる気はさらさらない  作者: 櫻木サヱ
王妃にならないものの発言権

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記録される言葉

 言葉は、残らないこともある。


 空気に溶けて、

 その場限りで消えていくもの。


 でも。


 記録された言葉は、消えない。


(……嫌な予感)


 朝、講義室に入った瞬間に思った。


 机の上。


 いつもの資料とは別に、薄い冊子が置かれている。


 表紙には、簡素な文字。


 ――討議記録。


(ああ)


 理解する。


 今までの議論が、まとめられている。


 誰が、何を言ったか。


 完全ではないにしても、要点は残る。


(そういう段階に来たか)


 席に着く。


 冊子を開く。


 整った筆跡で、簡潔にまとめられている。


 発言者の名前は伏せられている。


 けれど。


(分かるな、これ)


 言い回しや内容で、ある程度特定できる。


 そして。


 数ページめくったところで、手が止まる。


 ――責任を持たない発言は、意味を持たない。


(載せるんだ)


 少しだけ、息を吐く。


 さらに下。


 ――本来、この立場は存在しない方がいい。


(まあ、そうなるよね)


 目立つ発言ほど、拾われる。


 当然のこと。


 周囲の気配を感じる。


 誰も声には出さない。


 でも、同じ箇所を見ているのが分かる。


 ページを閉じる。


 騒ぐほどのことではない。


 ただ。


(少し、面倒になる)


 それだけ。


「本日は、この記録を元に議論を行います」


 老女官の声。


「各自、気になる発言を一つ選び、意見を述べてください」


 静かなざわめき。


 視線が、自然と動く。


 選ぶ、というより。


(どれを扱うか、だな)


 誰かの言葉を取り上げる。


 それは、軽い引用では終わらない。


 評価が伴う。


 しばらくの沈黙。


 最初に手を挙げたのは、セレナだった。


「この発言について」


 開いたページは、別の箇所。


 税制の話。


 無難な選択。


 議論が始まる。


 的確で、落ち着いている。


 特に問題はない。


 他の候補者も、似たような流れで続く。


 安全な発言。

 扱いやすい内容。


(まあ、そうなる)


 わざわざ厄介なものに触れる必要はない。


 空気は、穏やか。


 でも。


(避けてるな)


 全員が分かっている。


 触れないようにしている。


 その中で。


「では、次」


 老女官の視線が、ゆっくり動く。


 そして。


 止まる。


 リリアの方へ。


(来るよね)


 ため息を飲み込む。


「あなたは?」


 静かな問い。


 逃げ道はない。


 リリアは、冊子を開いた。


 迷わず、そのページ。


「これで」


 ――責任を持たない発言は、意味を持たない。


 一瞬、空気が張る。


 さっきまでの穏やかさが、少しだけ薄れる。


「意見を」


 老女官が促す。


 リリアは、少しだけ考えた。


 そして。


「極論だと思います」


 そう言った。


 ざわめきが、小さく広がる。


(自分で言っておいて)


 そう思われているのが分かる。


「理由は?」


「責任の有無で、発言の価値を完全に切り分けることはできないからです」


 淡々と続ける。


「責任がなくても、有益な意見は存在する」


「では、この発言は誤りですか?」


「いいえ」


 首を振る。


「一面としては正しいです」


「ですが、すべてではない」


 少しだけ間を置く。


「だから、極論です」


 静かな説明。


 否定でも、肯定でもない。


 少し距離を置いた位置。


 沈黙。


 誰も、すぐには言葉を出さない。


 それから。


「……自分の発言を、そう評価するんですね」


 ぽつりと、誰かが言う。


「はい」


 あっさり答える。


「状況が変われば、評価も変わります」


「では、今は?」


「今は、少し強すぎたと思っています」


 正直に言う。


 取り繕わない。


 そのせいで、余計に残る。


「修正する気は?」


「ありません」


 即答。


「なぜですか」


「その時点では、必要だったので」


 それだけ。


 それ以上でも、それ以下でもない。


 老女官が、小さく息をつく。


「記録とは、そういうものです」


 静かな声。


「発言は、その時点のものとして残る」


「後からの評価は、別に存在する」


 冊子を軽く叩く。


「だから、重い」


 誰も、反論しない。


 できない。


 その通りだから。


 議論は、そのまま続いた。


 他の発言も取り上げられる。


 分析され、評価される。


 でも。


(さっきのが、一番残ったな)


 空気で分かる。


 表に出さなくても、全員が少しだけ引っかかっている。


 講義が終わる。


 静かに、人が動く。


 冊子を閉じる音が、重なる。


 リリアも立ち上がる。


 そのとき。


「……あの」


 控えめな声。


 振り向くと、あまり話したことのない候補者。


「さっきの」


「はい」


「極論って、言ってましたけど」


「はい」


「でも、あれがあったから、

 考えやすくなったと思います」


 少しだけ言いづらそうに、続ける。


「線がはっきりしたというか」


 曖昧だったものが、形になった。


 そういう意味。


 リリアは、少しだけ目を細めた。


「それなら、よかったです」


 短く答える。


「……ありがとうございます」


 小さく頭を下げて、その人は去っていく。


 一人、廊下に残る。


(記録される)


 言葉が。


 残る形で。


 軽いはずのものが、重くなる。


 それでも。


(消えないなら、それでいい)


 なかったことにはならない。


 それだけで、十分だと思う。


 第7章は、少しずつ外に触れていく。


 制度に。

 記録に。

 評価に。


 そして。


 言葉は、もう戻らない。

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