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怖いくらいの星空っていうかそんな星が見える暗闇が普通に怖い

まだ暗い森の中に、大地を蹴る蹄の音が響く。私たちを乗せた馬は暗い森を疾走していた。

そう、疾走だ。


「ッッ!・・・くっ・・・」


乗馬などしたことのない私は、文字通り四苦八苦していた。馬の揺れに全く合わせられない、突き上げる振動がダイレクトに背骨を揺すっていく。なんとか合わせようとするが、全くと言っていいほど振動に体がついて行かない。


「何をしている。」

「・・・・えっ?」

「揺れに合わせろ、怪我をするぞ。」

「・・・してますッ・・・」


必死の返答と少しの沈黙の後、アセナが右手で力強く私を抱き寄せた。

「わっ・・・」

「体を俺に預けろ!」

「はっ、はい!」

アセナに寄り掛かるように身を預けると、揺れに合わせて防具がぶつかる音が耳に届いた。

「力を抜け!」

「はいっ………」

緊張からの強ばりは直ぐにアセナに見破られた。

グッと抱きしめる腕に力が込められる。アセナの体の動きに連動する形で、体が上下する。

(あっ・・・平気だ。)

面白い位に馬の動きにすんなりはまっていく。先程までの耐え難い振動の逃がし方が、アセナの介添えがあってようやく出来たのだ。男に抱き抱えられたというのに、私の頭は馬の乗り方を覚えようと必死だ。

(馬の腰が下がった時は、少し腰を前に滑らすようにして・・・)


ようやく動きのコツを掴み、周りを見る余裕が出来た。結構な時間を要した様に思った。ふと前を見ると、先行するウィステリアが不満たらたらの顔でこちらを見ている。

「ウィステリアッッ!前見て!前っ!!」

馬を操って走っているのに前を見ないなんて信じられなかった。ウィステリアは、フンと不機嫌な顔をして前に向き直った。

(何であんなに不機嫌なの?・・・そりゃあ、こっちでは当たり前かもしれないけれど…馬なんて乗る機会ないっての…)

こちらまで不機嫌になり始めた時だった。

「集中しろ。落ちるぞ。」

冗談など、きっと通じないだろうアセナの声色がすぐ後ろで聞こえた。ウィステリアに気を取られて忘れていたが、自分は今アセナの腕の中だ。こんなに接近していて半分忘れるとは、私は随分たくましくなったものだ。

「すみませんっ!」

(うわぁ・・・恐い・・・)

アセナの言葉には例の一件以来、温かみがまるでない。もともと、あったのかも今となっては不明だが、それには義務と言う言葉が良く似合うと思った。


暗い森の中は、色彩が消え失せた様に全てが黒く映った。その黒い木々の枝先を、疾走する一団が掠めて行く。

どれ位の距離を走ったのか、目に見えて馬達の呼吸が乱れて来た時だった。視界が不意に開けた、森が途切れたのだ。先頭を走っていたウィステリアが右手を挙げて合図する。一団はそれを機に、アセナと私が乗る馬を囲む様に隊列を崩し停止した。

「アセナ、少し馬を休ませる。」

「ああ、そうだな。俺もそろそろだと思っていた。」

ウィステリアが馬を隊に寄せ、声を抑えつつ、隊に馬を休めるよう指示を出していた。

(ウィステリアって本当に…軍人…なんだなぁ…)

どこかいつも少年っぽいウィステリアだが、てきぱきと指示を出し動くその姿を見て、本当はどちらがウィステリアなんだろうと考え始めていた。


私とアセナを中心にして、隊列は輪を作り周囲を警戒している。ウィステリアは皮袋を大きく広げて馬の口元に持っていき、1頭1頭に水を与えている。時折、会話しているかのような素振りを見せ笑みを浮かべたり、ころころと変わる表情が見ていて飽きない。


「おい。」


不意に横から無愛想な声が突き刺さる。

「はい。」

見ればアセナが声によく合う仏頂面をこちらに向けている。

「馬にはもう1人で乗れるな?」

「は?…いや、まだ無理です!」

「……さっき教えただろう。」

「まだ無理です!さっきはアセナさんが手伝ってくれたからで…」

「…………」

アセナは苦々しい顔をすると、そのままふいっと顔を背けてしまった。

(…………そんな態度とられても…)

確かに今までも現実世界では「1回しかやらないからねーしっかりメモとって覚えて」とかあったけど、乗馬は無理だ。どう考えても無理だ。

鬱々とした表情を察したのか、兵の一人に話しかけられた。

「如何がなさいましたか?具合でも?」

「あ、いえ、全然大丈夫です。」

「…酔われたのなら少し上を見るようにすると良いですよ。」

「ありがとうございます。」

そういえば、あれだけ揺れたにも関わらず酔いはしなかった。そんなことを考えながら目線を上げると、そこには無数の星が輝く、深く黒い宇宙が拡がっていた。

「…あ……」

どれ程のあほ面だっただろう。口を閉じるのも忘れ、私の目は恐ろしい程の星が輝く漆黒の空に釘付けになった。周りに邪魔する灯りは何も無い。漆黒の中に浮かぶ無数の星と月だけが唯一の明かりだ。

「…怖い…」

不意に口をついた言葉に自分でもびっくりした。綺麗とか感嘆の言葉ではなく、私の本心は瞬く無数の星空を前に、今までない得体の知れない恐怖を感じたようだ。

「行くぞ。」

「えっ!」

アセナに急に腕を引っ張られ、わたわたと立ち上がる。アセナの声に反応して隊も動き出す。サッとアセナは騎乗しその鋭い視線を私に向けた。1人で乗れという事かな?等と考えていると、軽くため息をついたアセナにあれよあれよという間に引っ張り上げられた。

「あの…アセナさ…」

「早く覚えろ。」

「…はい…」

ぴしゃりと言い放たれ、手綱を持つ手に力が入る。

また暫くアセナのピリピリした空気と一緒に走る事になる。



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