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夜鷹の夢  作者: 首藤環
一章
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9 語らう夜

日付が変わったばかりの刻限。


殺風景な倉庫の中で、三人の男女が思い思いの酒を片手に楽しそうに漫談している。


テーマはオリガのリアクションである。


ジンの横でソファーに腰を下ろす、ウェーブのかかったブロンド髪の美女が、酒精で赤みが差した顔を曇らせる。


「アレは明らかにやりすぎでしょ……。トラウマになっちゃったんじゃないの?」


「ダハハ、流石は俺の娘だ!」


「いや、全くです。あの年でアレは、かなり腹が据わってる。実戦で下手打たれて、死んでは困るので、心底怯えさせるつもりでやってしまったんですがね」


「視てる私も鳥肌が立ったわよ?」

転がした段ボールを椅子代わりに使う傷面の男、ハザウェイが豪快に笑い、持参した酒瓶をらっぱ飲みする。


「お前にも昔やったっけなぁ?」


「何年前になりますかね」


過去にジンも通過儀礼として、先輩に寸止めをされた事もあった。


「俺が止めに入らなかったら、奴ぁ死んでたな」


もっとも、カウンターで返り討ちにし、ダウンしているところへ念のために、とどめに頭へ膝蹴りを入れようとして、ハザウェイに羽交い締めで止められたのだが。


「あの日、家を出ていく時のアンタ、そりゃギラギラしてたわよ?」


「そうか? 初めて配属された所なら、あんなものじゃないか?」

「たいした度胸の、しかも実力もあるガキが来たもんだって、俺たちゃあ驚いたぜ?」


「親が親で、どこもかしこも人手不足したから」


「本当に…ひでぇ世の中だったがな…。当時のお前みたいなガキまであんな地獄に引き摺り込むなんざ、正気じゃねぇよ」


「時代が悪かったわよね…。上層部には、人が畑で採れると勘違いしてそうなオジイサマ方まで居たし……」


ユリアは派手にグラスを傾けて一息で飲み干し、遣るせない想いを誤魔化すように注ぐ。


「ハハハッ、俺達手足と同じく、オフィス組も気苦労が絶えないみたいだな、ハルディア大佐?」


膝をバンバン叩いては酒を飲み下し、快闊な笑い声をハザウェイが上げる。


それを聞いたユリアは苦虫を噛み潰したような顔で声を低くする。


「あのねぇ……あなたたちの所の悪ふざけで私がどれだけ精神的苦痛を受けたと思っているのかしら……?」


「怪我人も治したし、憲兵に見つかる下手は一度もなかったと記憶しているが?」


物的証拠も全て消した。


少なくとも、ジンは咎められる材料は綺麗さっぱり抹消してきたつもりだった。


「だからアタシだけが文句言われてたんでしょ!?」


証拠が無ければ、具体的に個人を罰する事は出来ない。


だが、ならばその上司に叱責を加えればいいではないか、という事で。


ジンやハザウェイらを統率していたユリアに飛び火したのだから堪らない。


「過去の精算ってのは面倒なもんだ」


仕立ての良いゆったりしたジャケットの懐から煙草に出す。


靴の踵で熾こしたマッチから火を着けて深く吸い、肺にたっぷりの煙を入れる。


「そんな聞こえ良く言うんじゃないわよ……」


ハザウェイの物言いが、よっぽど腹に据えかねるのか、グラスを持つユリアの手が小刻みに震えている。


「だいたいねぇ…」


酒の力も借りてか、いや別に、日頃飲み込んでもいなかった不満だが、噴出する。


「尋問の訓練で熱熱のシチューで口を割らせるとか、ばっかじゃないの!? ただの拷問じゃない!」


「あれはそう、アレだアレ。冬場だから寒かろうと想っての配慮だぜ。心の扉を開く、心理的な懐柔作戦の一種としてだなあ…ジン?」

「全くもってその通りです少佐。拘束されては食べづらいだろうから、俺達が食べさせてやったんだぞ? そしたら勝手に喜んで向こうがむせび泣いただけだ」


反論材料の準備に抜かりは無い。


何せ、雪の積もっている冬場に“非常に温かい食事”を与えただけなのだから文句をつけられる謂れは皆無だ。


人権論者から喝采を浴びせられるぐらいである。


猫舌の捕虜が少々多かったが治療までしてやったのだから。




「質の悪い事に、衛生兵まで仲間にいるんだから……」


事実をありのままに伝える二人に、ユリアはぐぬ、と歯を食いしばり頭を抱えてソファーの上でうずくまる。


「あん? そういやジン、お前吸ってねぇようだが、煙草止めたのか?」


「はあ。基本、ウルからのもらい煙草でしたからね」


「そうそう、止めとけ止めとけ。最近は理解を示してきてくれてんだがな? 俺も、オリガが小さい時に家の中で、煙草クセェから離れろって言われたのがショックでよぉ…。一度はやめたんだが…」


幼き日の愛娘の発言に受けた、鈍器で殴られたような鈍痛を思いだし、所帯染みた様子で泣き面で言う。


「吸いすぎは体に毒よ?」


「はっ。お前らと違って、俺の人生、残り短いから吸っても吸わなくても寿命は変わんねぇよ」

耐火布を内側に敷き詰めてあるらしい携帯用の灰皿に、強度の限界まで伸びた灰を落とす。


「オリガは良い子だからよぉ、なんとかなるだろ〜がよ。しっかり依頼行ってこい」


「ああっ! 依頼と言えば、あの依頼どういう事よ!?」


今の今まで、抱えた膝に突っ伏していたユリアがハッと赤い顔を上げた。


「あ? 何がだ?」


「何が、じゃなくて…アスベルの討伐よっ!! あいつらのどこがAランクよ! 間違ってどっかの誰かさんが受けようとしたらどうするのっ!?」

「こいつが来てから張り出したし、こいつにしか受けさせるつもりなかったぜ? 現に大丈夫だったろ?」


それが越権行為であることには触れない。


それをハザウェイに言う方が間違いであるし、説くのも無駄だと特にユリアは知っているからである。


「いずれにしても……」


チビチビと静謐に酒を舐めていたジンが言う。


「見極める必要がある。堕ちていたなら、せめて俺がケジメをつけてやらなければ」

「……だな…依頼主は帝国守護騎士団だ。今はただの盗賊扱いだが、放っておけば、必ず俺達にとってヤバいことになる」

「……そうね。もうそんなに経ったのね……」


ユリアは遠い目で、手に持つグラスに揺れる酒を追う。


席を移動したハザウェイが、ジンの肩を抱く。


「ハハッ、俺が歳食うわけだ! まあ明日は明日だ。それより、よく来たもんだ」



「人であれ。それが……アイツの最期の願いでした。アンヴィル(ここ)の冒険者なら、色々な場所に行くにはうってつけですから」


「アイツがな……おし! 今夜は呑もうぜ」


ハザウェイのジンを見る目は、息子を見守る父親のような慈しみに満ちた目をしている。


事実、ハザウェイは息子のように彼に接してきた。


時に優しく、時に厳しく。


それがジンの成長を助力してきたことは疑いようのない事実である。

ハザウェイが瓶を掲げ、ジンとユリアもマグカップとグラスをそれぞれ持ち上げ、それに同調する。


「旧き友に」


「ジンの新たな門出に」


「真の平穏に」


何年もの月日付き合ってきた、互いの呼吸を知り尽くした友と、自然と声が重なる。


「「「乾杯」」」


三人が同時に、静かに酒を煽る。


お酒は二十歳になってから(すっとぼけ)

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