第32話 古い街道の下に、石の環が埋まっていた
「近い方から確認できます」
オルフェンが古い街道図の一か所を指した。
三つの丸印。
一つは、セルグ・バランが二度目の異常を起こした北西街道近くの灰黒色の石と一致している。
残る二つのうち、こちらは領内だった。
「ただ、今は街道としてほとんど使われていません。新しい道が南側にできてから、近隣の者が薪を取りに入る程度です」
「現地では何か知られてる?」
航平の問いに、オルフェンは用意していた聞き取り記録を開いた。
「《黒石曲がり》と呼ばれているそうです」
「黒石?」
「道端に黒い石が出ている、と。硬くて邪魔だが動かせないので、昔からその石を避けるように道が曲がっているらしい」
航平はワンスを見る。
「ずいぶん分かりやすい名前が残ってたな」
「重要なのは、どのような石かでしょう」
「ああ」
九十年前の街道補修現場から出た灰黒色の平板。
《古き門》の石材によく似た性質を持っていた。
そして古い地図の同じ場所に、丸印がある。
ならば二つ目も確認する価値は十分にある。
「人間は行かせません」
航平は最初から決めていた。
ハルヴェンが頷く。
「昨日までの経緯を考えれば、その方がいいでしょう」
「外から見るだけです。掘らない、削らない、持ち帰らない。必要になったら改めて許可を取る」
「その条件なら認めます」
オルフェンの返事は早かった。
調査へ向かうのは、人間ではない。
シクサ。
セヴン。
ファイヴ。
エイト。
四体のアンドロイドだった。
◇
『着陸地点を確保しました』
シクサの声とともに、執政所の一室へ映像が届いた。
航平、ワンス、オルフェン、ハルヴェンは地上側で見ている。
小艇が降りたのは、《黒石曲がり》から少し離れた開けた場所だった。
古い街道そのものは森に半ば飲み込まれている。
舗装はない。
車輪の轍だったらしい窪みへ落ち葉が積もり、細い木の根が土を割っていた。
先頭を行くのはセヴン。
後ろにファイヴとエイトが続く。
シクサは小艇に残り、周辺警戒と退路を確保している。
『目標まで約三百メートル。旧道上に大型生物の反応なし』
セヴンが低い声で報告する。
「無理に最短を通らなくていい。斜面が崩れてる場所は避けろ」
『了解』
ドローンが先行する。
映像の端を、小さな鳥のような生き物が飛び立っていった。
やがて道が大きく左へ曲がる。
理由はすぐに分かった。
『確認しました』
セヴンが足を止める。
斜面から、黒い石が突き出していた。
表面に苔が張り付き、土と枯葉に半分埋もれている。
露出している幅だけでも一メートル以上。
自然の岩なら珍しくない。
しかし、その表面は妙に平らだった。
「ファイヴ」
『非接触で確認します』
ファイヴが携行機器を向ける。
可視光。
赤外。
分光。
周辺岩石との比較。
数秒後、北西街道で確認した灰黒色の平板と、《古き門》の石材データが同じ画面に並んだ。
『表面汚染を除いても、共通する特徴が複数あります』
「自然岩の可能性は?」
『周辺の地質とは明確に異なります。北西街道の平板と同系統の人工物である可能性が高いです』
航平は腕を組んだ。
一つ目だけなら偶然も残った。
二つ目まで同じ丸印の場所から出れば、地図記号との関係は無視しにくい。
「形を取れるか?」
『セヴンが開始しています』
地上では、すでにドローンが斜面を往復していた。
露出部分だけではない。
土の下に続く構造を、浅い範囲から非破壊で探っていく。
最初に出た形を見て、航平は眉を寄せた。
「長いな」
黒い石は一枚ではなかった。
露出部分から左右へ続いている。
しかも直線ではない。
緩く湾曲していた。
セヴンが測定範囲を広げる。
『人工構造らしき物体を連続して確認。斜面内部へ続いています』
「どこまで?」
『現状の走査範囲では、約四分の一周に相当する弧です』
ワンスが航平を見る。
航平も同じことを考えていた。
「円にできるか?」
『推定します』
ナインが本船側で受信データを補正し、形状計算へ参加する。
数秒後。
執政所の画面に、土の中へ埋まった構造の推定線が描かれた。
円。
正確には、円形構造の一部。
『現在確認できる弧から推定した場合、直径は約八・七メートルです』
ナインの声が通信へ入る。
「石の環か」
オルフェンが小さく言った。
《古き門》よりずっと小さい。
だが、斜面から見えている黒石が、単独の板ではないことは確かだった。
「反対側も確認できる?」
『地表からの走査では深すぎます。ただし――』
セヴンが場所を変える。
『こちらにも同一材らしき反応があります』
道の反対側。
落ち葉と土しか見えない場所だった。
ドローンが低く飛び、同じ範囲をなぞる。
弱い。
しかし確かに、同じ深さへ黒い構造物が続いている。
「環の大半が埋まってるのか」
『可能性が高いです』
ファイヴが答えた。
『ただし、完全な円形かどうかは未確認です。掘削せずに取れる情報には限界があります』
「十分だ。今日は掘らない」
航平は画面へ目を戻した。
現地で《黒石曲がり》と呼ばれてきた場所。
道が石を避けて曲がっているのではない。
もっと大きな構造の一部だけが、地上へ出ていた可能性がある。
◇
「《古き門》と同じような距離の異常はありますか?」
ハルヴェンが尋ねた。
「試せる?」
航平はファイヴへ確認する。
『非接触測距であれば可能です』
「許可範囲から出るなよ」
『了解』
セヴンがドローンの位置を調整する。
埋没した環の推定中心。
その先にある樹木と岩を固定目標にし、複数方向から測る。
《古き門》では、環の中心付近を通した信号に約二・三一メートル相当の余分な遅延が出た。
こちらは――
『有意な遅延差は確認できません』
ファイヴが報告した。
「同じ物じゃない可能性もあるわけか」
『形状が似ているだけかもしれません。また、埋没や破損、機能停止などの条件差も考えられます』
「そこまででいい」
似ているところだけを集めて、同じ装置だと決める必要はない。
「アンドロイドが近づいた時の反応は?」
『周辺魔力場に大きな変化なし。私たち自身にも異常はありません』
ワンスが航平へ視線を向けた。
「本船の十二名は?」
航平はナインへ確認する。
『継続モニタリング中の十二名に、未分類反応の有意な変化はありません』
現在、航平自身はエルディアにいる。
彼の携行モニタにも変化は出ていない。
人間がこの場所へ近づかなければ反応しないのか。
そもそも人間とは無関係なのか。
まだ分からない。
「セヴン、環以外に人工物は?」
『確認中です』
ドローンが旧道に沿って高度を下げる。
数十メートル進んだところで、セヴンが停止させた。
『もう一つあります』
「石?」
『違います』
画面に映ったのは地面だった。
見た目には何もない。
『環から旧道方向へ、細い人工構造が延びています』
航平は画面を拡大した。
「どんな形だ?」
『幅約三十センチ。深さは場所によって異なります。石材ではありません』
ファイヴが測定データへ入る。
『土中に、周辺より明らかに密度の高い帯状構造があります。金属反応は弱い。ただし自然形成とは考えにくい直線性です』
「どこまで続く?」
セヴンがドローンを進める。
十メートル。
二十メートル。
三十メートル。
帯は旧道の下を通り、そのまま西へ伸びていた。
『走査可能範囲の端まで継続しています』
オルフェンが古い地図を広げる。
「道と同じ方向です」
「いや」
ワンスが地図と測定結果を重ねた。
「完全には一致しません」
現在の旧道は、地形に合わせて何度も曲がっている。
地下の帯はもっと直線的だった。
森の中を斜めに横切り、現在の道から少しずつ外れていく。
「古い道の下に、もっと古い何かがある?」
オルフェンが尋ねる。
「可能性はある」
航平は答えた。
「でも、道とは限らない」
配管。
導水路。
基礎。
何らかの接続設備。
考えられるものはいくらでもある。
「今日は追わない」
航平は決めた。
「許可された地点の確認だけで十分だ。先が知りたいからって勝手に森を走査し始めたら、最初に決めた条件が意味なくなる」
オルフェンが頷く。
「延長調査を希望されるなら、土地と旧道の管理状況を確認します」
「お願いします」
◇
四体が戻った後、執政所の机に三つの情報が並んだ。
古い街道図の丸印。
《黒石曲がり》。
そして、地中に埋まった直径約八・七メートルの環状構造。
「地図の丸印は、これを示していると思いますか?」
ハルヴェンが尋ねた。
「二例だけじゃ決められない」
航平は北西街道の地点も表示する。
「あっちは平板一枚しか確認できてない。地下まで同じような構造があるかも調べてない」
ワンスが続ける。
「三つ目を確認すれば、地図記号の意味を絞れる可能性があります」
「三つ目は?」
オルフェンが地図を指した。
「ここです」
残る丸印は、領境に近い旧道のさらに先。
現在はほとんど人が通らない。
「土地そのものは、ぎりぎりこちら側です。ただ、近くの村から確認を取る必要があります」
「急がなくていい」
航平は言った。
「先に今日の場所を整理する」
黒い石。
環状構造。
地下へ伸びる帯。
これだけでも十分に新しい。
「一つ気になる点があります」
ファイヴが通信越しに言った。
「何だ?」
『環状構造の年代は直接測れませんが、旧道の路盤より下にあります』
「つまり?」
『少なくとも、現在残っている旧道より先に存在していた可能性が高いです』
オルフェンが地図を見る。
「道が環を避けて曲がったのではなく……」
ワンスが言葉を継ぐ。
「環が先にあり、その後に道が作られた可能性があります」
航平は古い街道図へ視線を落とした。
数百年前の写し。
そのさらに元になった地図。
そこには、すでに丸印があった。
つまり、この場所が何なのか分からなくなった後も、人々は位置だけを写し続けた可能性がある。
「オルフェン」
「はい」
「古い地図を作った連中は、この丸印の意味を知ってたと思う?」
「分かりません。ただ――」
オルフェンは少し考えた。
「意味がなければ、何代も写し続けないでしょうね」
それは航平にも同感だった。
◇
本船へ戻る前、航平はシクサたちの帰投記録を確認した。
四体とも異常なし。
セヴンのドローンにも汚染や付着物はなく、通常の除染で処理できる範囲だった。
エイトは最後まで警戒役に徹し、黒石へ触れていない。
ファイヴも試料採取をしていない。
予定した範囲から一歩も越えていなかった。
「船長」
ワンスが地図を表示する。
《古き門》。
北西街道の灰黒色の石。
《黒石曲がり》の埋没環。
古い道筋。
まだ点は少ない。
線で結ぶには早い。
ただ、山中の巨大な《古き門》だけを見ていた時より、世界は確実に広がっていた。
「最初は、帰るための扉を一つ探してたんだけどな」
「今は?」
「扉だけじゃなく、その扉を作った連中が何を残したかまで調べる羽目になってる」
航平は画面に映る黒い環を見る。
「まあ、帰り道を探すなら、そのくらいは付き合うさ」
地中に埋まった環からは、細い人工構造が西へ伸びている。
その先がどこへ続くのか。
古い地図の最後の丸印に、何が残っているのか。
まだ答えはない。
だが一つだけ、前よりはっきりした。
《古き門》は、孤立した一つの遺跡ではない可能性が高い。
地下にも、街道の向こうにも。
同じ時代の何かが、まだ残っている。
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