第25話:マチルダの出撃_5
時々振り返りながら、パスコは逃げ続けた。速度は落ちず、疲れた気配もない。
『そろそろ、二人目!』
マチルダは前方へ高く跳び、パスコを追い抜かした。身長差も体格差も関係なく、ダスティの中のマチルダと、追い抜かれて次の一手を思案するパスコの視線がぶつかる。
『こういうのは――どうかな?』
先に口を開いたのはマチルダだった。彼女はルリを掴んでいないほうの手に力を込めると、パスコの周りの地面が壁になるイメージを浮かべた。
人間がウィッチボットに乗り込み、魔法を使うのに必要なもの。それは、想像力とシードの持つ魔力だった。マチルダはセンスだけでなく才能もあった。慣れないうちはイメージを言葉にして、シードの魔力と実際使いたい魔法を紐付ける必要がある。だが、彼女はそれが始めから必要なかった。何も口に出さずとも、頭の中で描いたイメージを、魔法として使うことができたのだ。
目標の位置を捕らえ、魔法を出す場所と範囲を決める。使いたい魔法――今回であれば地面が盛り上がり、土や岩が壁となって幾重にもパスコの周りを囲む――をイメージし、威力を制御して必要な魔力をダスティへ供給する。
その結果――
ゴゴゴゴゴ――ズズズズズ――
「なっ……はぁ!?」
「パスコさん!」
パスコの驚きに、ルリの叫びが重なる。マチルダが想像した通り、地面は槍の先端のように尖り、それぞれが重なるようにパスコの周囲に生えると、彼を取り囲んで閉じ込めた。幾重にもそびえる山のような壁は、どこから生えてくるかわからない。マチルダは理解しているが、理解していないパスコは動けないでいた。頭上は開いているため、出ようと思えば脱出できる。だが、その真上には、ダスティがパスコを捕まえようと陣取っていた。片手にルリを抱えて。
『さて。降参する?』
「ぐっ……」
辺りを見回しても、パスコの周りには壁となる山のような地面しかない。諦めたように、その両手を力なく上まで上げた。
「降参、します」
『よし! じゃあ、ルリと一緒にアレフのところまで行こう』
残っていた手でアレフを掴むと、マチルダはそのまま空を飛んできた道を戻る。
「つ、捕まっちゃいましたね……?」
「逃げられると思ったんだがなぁ。やっぱり、魔法を使えるか使えないかって、デカい要素なんだな」
『そういうこと。ウィッチボットよりも、ずっと魔女のほうが動作も早いし小回りもきくわ。ワタシたちパイロットが魔法を使おうとすると、どうしてもイメージの出来やウィッチボットに伝わって、そこから実際に魔法が出るまでのラグがあるの。魔女はもっとストレート。この鬼ごっこ、何も考えずに逃げたとしても、簡単に捕まるわよ?』
「肝に銘じておきます」
「私もです……」
「素直でいいわ。きっと誰かが助けに来てくれるから、それまではアレフと一緒に対応策でも考えていてちょうだい」
ダスティが近づくと、大きく手を振っているアレフが視界に入った。手に抱えられたルリとパスコに気が付いて、苦笑いしているようにも見える。
『じゃ、よろしく』
「あぁ。……って、お前ら早かったなぁ」
「もっと素早く逃げられると思ったんですが、攻撃受けたらその考えもなくなっちゃいました」
ルリが少しだけ泣きそうな声で言う。
「逃げられる出口は一つだけ……で、目の前にウィッチボットがいたら、もう詰んでますね、これ」
「ウィッチボットだからこれで済んだ。捕まった後に考えるのは、どうしたらその不利な状況下でもうまく立ち回れるかと、そうならないように善処するか、だな」
大岩の上で三人は、次の候補生を捕まえに向かうダスティを見送った。
『――あー、ちょっと距離離れちゃったわね。今のちゃんと撮れてた?』
『はい、バッチリです!』
『後であの子たちに見せないとね。「ウィッチボットからは、アナタたちこう見えてたんだよ」って』
『そうですね、これも勉強になると思います』
『新人相手ってのも楽しいわね。どう動くかわかんないから。……そもそも、動かないかもしれないし?』
『予測はできないですね』
『そうなのよ。そこがまたいいんだけど』
ピーピーピーピー――
大きなアラート音が、通信で繋がったキャスの背後から聞こえる。マチルダだけでなく、通信機器を通してアレフや訓練生たちへも伝わる。
「これは……訓練生たち、全員聞こえるか? 様子を見る、一旦大岩まで戻れ。鬼ごっこの際に解散した場所だ」
「わかりました!」
「はいっ!」
全員の声が流れる。前回に引き続き、訓練中の魔女の出現。一気に緊張が走った。
『――魔女が出現しました。魔女が出現しました。パイロットは至急格納庫へ向かってください――』
『大変です! みなさん! 魔女が出現しました!』
キャスが叫んでいる。その背後では、冷静な声でアナウンスが流れていた。
『やだ、声が被っちゃう……背後の音を小さくします! でも、流れてきた内容は、私がそのまま……』
『キャス、ワタシが出る! 訓練中止! アレフは訓練生たちを連れて速やかに格納庫へ移動! キャス、どこ? 場所はどこなの?』
『出現場所は――ここ、天都のようです』
『なっ……そんなまさか!?』
マチルダは目を見開いた。滅多に天都へ魔女はやってこない。ここへ来たということは、偵察か、それとも――
『場所は天都、魔女No.A-07――』
そこまで言って、キャスの言葉が止まった。
『キャス? キャス? どうしたの? いったい何が……』
『う、嘘……そんな……』
ようやく聞こえたのは、枯れたキャスの声だった。
『どうしたって言うのよ』
『ま、魔女が……三体、現れました……』




