静月暖
──王宮特別警備隊本部・裏庭。夜。
その夜は、月の明かりが柔らかく穏やかなに空を照らしていた。
風当りは優しく、風音は歌うように心地よい。
リーンは、ベンチに腰を下ろし目を閉じていた。
「…………」
身をゆだねていると、背後から、足音が近づいてくる。
「……眠れないんですか?」
サンの声が、静かに届く。
「……ああ」
リーンは振り返らずに答えた。
「失礼します……」
サンは、リーンへそう声を掛けると、そっと隣に腰を下ろした。
少し距離を保ちながらも、同じ空を見上げる。
「なあ、サン……」
「は、はいっ……」
突然の呼びかけに、サンは肩を跳ねさせる。
「悲しいか?」
サンは、口を開きかけて、言葉にならずに頷いた。
目元が震え、涙がこぼれそうになるのを必死に堪えていた。
リーンは、サンへ視線を向けることなく、空を眺め続ける。
「慣れろとは言わない。モンスターも人間も動物も、虫や植物でさえ、生きているのは変わらないんだ。……一つの命が失われた。絶対に慣れるな。我慢もするな」
「ぅ……ぶぁぃ……」
サンは、堪えていたものをすべて開放するように泣き出した。
肩を震わせ、声を殺しながら、リーンの服に顔を埋めた。
リーンは何も言わず、ただそのまま座っていた。
少しして、サンの呼吸はようやく落ち着き、二人は並んで月を見ていた。
「……あの、リーンさん」
「ん? なんだ?」
「その、服……大丈夫ですか?」
リーンは、ちらりとサンを見て、肩をすくめた。
「冷たいに決まってるだろ。あんなに抱き付いて泣きやがって。弁償はしてもらう」
「す、すいません!」
「ぷっ……ははははっ。嘘だ。気にするな」
「う、嘘っ、嘘つくんですか、リーンさん!」
「当たり前だろう。俺をなんだと思ってる。嘘を山ほどつき、色んな家や城から盗みもして、襲ってきた奴らを何人も殺したから今、監視付きの犯罪者になってるんだぞ」
「う、そ、それは……必要だったから、じゃ……?」
「そうだな。俺や当時の仲間には必要だった。でも、見る相手によれば、世界が大変な時の火事場泥棒や盗賊なんかと変わらない。魔王ですら、本当にいたのかと疑うやつもいる」
「そ、そんな。で、でもリーンさんはモンスター達と真剣に向き合ってっ……」
「それもただの気狂いだと思うやつも居る。少し前のお前も、そうだったろ?」
「それは……」
「いや、すまん。責めるつもりで言ったんじゃない。そういう奴等もいて、どれも正しくて、どれも間違ってる。人により取り方は違う。俺はそれでいいと思ってる」
サンは、静かに頷いた。
風が木々を揺らし、月の光が二人の影を伸ばす。
サンは、そっと布を握りしめた。
サイプスが差し出した、あの布。
「……優しさって、届く前に壊されることもあるんですね」
リーンは、静かに頷いた。
「いつの世もそんな事ばかりだ。だが、それでも見失うなって……あいつは、身をもって教えてくれたんだ」
「……ぅぅっ。そう、です……よね」
二人を静かに照らす月明かり。
それは、まるでサイプスの手のように――優しかった




