疑念の村
──王都近郊・ロス村。
夕暮れ。 村の広場に設置された魔物用の檻の中で、仮面をつけた異形が静かに座っていた。
骨板のような面を持つ細身の体。手を前に差し出したまま、微動だにしない。
その前に立つのは、王宮特別警備隊隊長・リルヴェット・クローディア。
そして、隊員のサン・エルミナスとケルヴィ・ヴァン=エルド。
彼らの前で、泣き崩れる一人の女性――殺された男の妻が、震える声で語っていた。
「夫は……あの化け物に殺されたんです……!こん棒で、頭を……ぐちゃぐちゃに……!」
リルヴェットは静かに膝を折り、目線を合わせる。
「……お辛いですね。お気持ちはお察しいたします」
ケルヴィは無言で端末を操作しながら、記録を取っている。
「…………」
サンは、檻の中の異形を見ていた。
その存在は、首を傾げながら、手に持った布をそっと檻の隙間から差し出している。
その仕草が、なぜか胸に引っかかっていた。
「……連行しましょう」
ひとしきり話を聞き終えたリルヴェットが立ち上がる。
―――その瞬間。
「ちょっと待った」
背後から声が響いた。
「こいつがこん棒で撲殺した。貴女はそう言うんですね?」
整った顔立ちの成年が、檻の中の異形を見ながら言った。
女性は涙を拭いながら頷く。
「そうよ!この化け物が……!」
青年は、ふっと笑い、少し間を置いて言った。
「……貴女、嘘ついてますね」
「ちょっと、何言ってるの! やめなさい!」
リルヴェットが声を荒げる。
「私は本当のことを言っただけなのに、嘘だなんて……!」
女性は再び泣きわめいた。
「リーン……捜査の邪魔よ。黙ってて」
リルヴェットが睨む。 だが、リーンと呼ばれた青年は気にせず続ける。
「こいつは――サイプス。見た目はあれだが、こいつほど友好的で優しいモンスターは居ない。
人を襲うどころか、こいつは困っているモノへ手を差し伸べながら殺される。そんなモンスターだ」
そう言って、リーンは檻の隙間からサイプスに手を差し出す。
サイプスは、差し出された手を見ながらゆっくりと自分も手を伸ばし――握手。
そして、深くお辞儀をした。
「テキトーな嘘を言って捜査の邪魔しないで!」
リルヴェットが怒鳴る。その瞳は冷静さを保っていたが、声には苛立ちが滲んでいる。
「ごめんなさい。この者は捜査には関係ありませんので―――」
リルヴェットが夫人に向き直り、謝罪を述べてる背後でリーンはサンに声をかける。
「おい、お前。サンとかいったか?」
「はっ、はい……」
突然の呼びかけに、サンは驚きながら返事をする。
「ちょっと来い」
「え、あ……はい……?」
手招きするリーンのもとへ サンは警戒しながらも、ゆっくりと近づいていく。
「こいつと握手して、お辞儀してみろ」
「え……?」
「ちょっとリーン!勝手なこと指示しないで!」
リルヴェットが制止するが、リーンは無視して言う。
「お前、モンスターに興味あるんだろ?」
「え、どうして……?」
「そこの嘘つきが喚いている時、お前だけはサイプスを見ていた。状況を見極める力がある。……そこの“隊長様”よりな」
「衛兵っ、すぐこっちへ来て!」
リルが叫ぶと、現場の立ち入りを規制していた兵士の二人が駆け寄り、リーンを拘束する。
「もう一回言う! サイプスと握手とお辞儀しろっ! そしたら―――」
連行される最中、リーンはサンへそう叫び、やがて静寂が訪れた。
「サン……」
リルヴェットは、サンに向き直る。
「あの男のことは忘れて。初仕事早速にやってくれたから……もう、会うこともないわ」
「で、でもっ……」
「私が隊長よ。分かってるわね。サン」
サンは黙って頷いた。
「…………」
だが、視線は檻の中のサイプスへと向いていた。




