花まつりとやさしい食卓
最近は暖かい日が続いている。
草木が芽吹き、蕾は膨らんで開花の兆しを見せていた。
空気もどこか甘く感じるのは気のせいかな、なんて思いながら、ボルダンはいつも通りの時間にギルドの厨房へと向かった。
「やあ、ボルダン」
「失礼します、マルコさん」
「失礼します」
後から来たジャックとも「こんにちは」と挨拶を交わす。
「そろそろ花まつりだな」
「そうですね」
2人の会話に、ボルダンは不思議そうな顔をした。
「花まつり、ですか?」
「ああ、ボルダンは初めてだったな。この辺りは、春になった祝いに『花まつり』があるんだよ」
「そう、豊穣を祈るためにな」
「楽しそうですね」
市井の祭りに触れる機会が無かったボルダンは、どんなものだろうと純粋にワクワクした。
「それで、だ」
マルコがそう切り出す。
「ウチで屋台をやって欲しいって依頼が来てな」
それにボルダンとジャックは顔を見合わせた。
「屋台……ってどのようなものをお出しするんですか?」
「うん、それはまた後で相談するとして……。そんな依頼来るの初めてですよね? 実行委員会からの依頼ですか?」
そうジャックに聞かれたマルコは、少々困ったような顔をした。
「あー、まあそうなんだが、どうもある貴族からの依頼らしくてな」
あ、と察するには充分過ぎる情報だった。
以前監査のために訪れた、オルフェン・ライサー。あれからというものの、ちょくちょく食堂に来ているのを皆知っている。本人は隠しているつもりなのだろうけれど、バレバレなのは言うまでもない。
「それではお断りできませんね」
「ああ、大切なおきゃ……貴族様のご依頼だからな」
ワザとらしく言い直したマルコは、こほん、と咳払いをして、一枚の紙を広げた。
「ここが精霊の像で、ここが神殿……ここにずらりと屋台が並ぶ。ウチの場所は、ここだ」
指を差されたところは、真ん中辺りだった。足を止めてもらうには、なかなか最適な場所ではないだろうか。
「良い場所ですね」
「ああ、クジ運が良かったんだ」
まさか出来レースというものでは? と一瞬思ったが、ボルダンは懸命にも口に出さなかった。それはジャックも同じだったようで、何かを堪えるような顔をしている。
「それで、何をお出しするのでしょうか?」
「うーん、食べ歩きが出来て、出るゴミが最小限に済むものが良いだろうな」
「串焼きは定番ですよね。あとは、オクトボールやクックルのから揚げ、甘いものならチュロスとか、クレープ、花まつり団子っていうのもあるぞ」
どれも美味しそうだ。安価な材料で出来るのも良い。
だけど折角なら差別化を図りたい。
「から揚げやチュロスは、片手で持てるように紙に包んである形状ですか?」
「ああ、そうだ。片手で歩きながら食べられるぞ」
「では、小さくすれば何でも応用できそうですね」
ボルダンはしばらく考え、提案した。
「ミートパイはいかがでしょうか?」
マルコは、ふむ、と頷いてくれた。
「焼き物は香りで立ち止まりやすいからな。良い考えだと思うよ」
「それなら定番のミートだけじゃなくて、甘いパイを作っても良いかもな」
「それでは旬のレッドベリーを使うのはいかがでしょう? さらにクリームを入れて……」
「カスタードクリームか……いやバニラクリームもいいな」
そう話し合いは続き。
当日。
雲一つない晴天の下、賑やかな声が弾ける。
行きかう人々は色とりどりの花をそれぞれに身に纏い、精霊の像や神殿の前を行進し、広場では音楽隊が奏でる旋律に合わせ、踊り手たちが豊穣を願う祈りの舞を披露していた。
そして屋台街では、あちこちから煙があがり、黒ソースの焦げた芳ばしい香りや、煮込まれた出汁の優しい香り。そして香辛料のスパイシーな香りが、春の暖かな甘い香りと混ざり合って、心地良く鼻をくすぐった。
賑やかな喧噪と相俟って、ワクワクとした気持ちになるのが抑えられない。
「よし、準備は良いか?」
こんがりと焼き色のついたミートパイがトレイへと並べられる。レッドベリーとバニラのミニパイの方は、薄くスライスしたレッドベリーを羽のように並べた上に軽く粉砂糖が振りかけられており、華やかな見た目だ。
「いつでもいけます」
「残りはすぐに揚げられるように準備しておきました」
ジャックとボルダンの返答に、マルコは「よし」と頷いた。
「じゃ、呼び込みだ。いらっしゃいませー! ミニパイはいかかですかー!?」
「こんがり焼けてますよ! ミートパイとレッドベリーとバニラのミニパイでーす!!」
大きな声で呼び込みをし始めたマルコとジャック。
それにボルダンは少々気圧されてしまった。するとジャックがこちらを見て、ぱしん、と背中を軽く叩かれる。
「ほら、しっかり声出して。いらっしゃいませー!」
そう言われても大きな声を出すのははしたない、と長年教育されてきたボルダンにとっては少々抵抗があるのも事実で。
「い、いらっしゃいませ」
戸惑うようにそう口に出すも、ジャックは「だめだめ」と首を横に振った。
「もっと、大きく!」
「いらっしゃいませ!」
「その調子!」
「い、いらっしゃいませ!!」
何とか腹に力を込めて声を張り上げれば、それなりに形になったらしく、行きかう人々がこちらを見てくれた。
「へえー、パイだって」
「なんか珍しいな。それに良い匂いするぞ」
「ちょっと買ってみるか」
そう言い合いながら2人組の青年が寄ってくれた。
「いらっしゃいませ、ミートパイとレッドベリーのパイ、どちらにしましょう?」
「じゃ、ミートパイ2つ」
ボルダンは注文通り、紙包みへ入れて差し出した。
「お待たせいたしました」
お金を払い終えた2人は、それぞれに礼を言って受け取る。
手の平に収まるくらいのそれは、紙越しでもじんわりと温かい。表面はこんがりとした焼き色で、ところどころにバターの艶が滲んでいるのに食べる前から期待が膨らんだ。
「じゃ、いただきまーす」
さくっ
大口を開けて齧りつけば、パイ生地が崩れて良い音をたてた。
瞬間、じゅわり、とあつあつの肉汁が溢れ出す。濃すぎない味付けの挽き肉とほんのりと甘いタマニアがほろほろと解れて混ざり合った。スパイスのぴりりとした辛さと香りが鼻に抜けるのがまた堪らない。
「あつっ」と声を漏らしながらも、一口、もう一口と食べるのが止められなかった。
「ん~、うまっ!」
「こりゃ飲むもん欲しくなるな!」
「炭酸系のな!」
そう言い合いながら立ち去る後ろ姿を見送りつつ、ボルダンは笑みが零れるのを抑えきれなかった。
「ねえ、パイだって」
「あ、レッドベリーだ。かわいい~!」
今度は女性の2人組が訪れてくれた。
「あのレッドべリーのパイは何が入ってるんですか?」
「小さめのレッドベリーと、バニラクリームが入っています」
そう説明すると、女性たちは顔を見合わせてから「2つください」と注文してくれた。
「ありがとうございます、お待たせしました」
紙包みに入れて同じように手渡すと、女性たちはお礼を言って受け取る。
「いただきまーす!」
さくっ
一口齧ると、パイ生地がほろほろと崩れた。舌に粉砂糖の甘さを感じた瞬間、冷たいクリームが舌の上にとろりと広がる。バニラの香りがふわりと抜けて、なめらかで柔らかな甘さが口腔内を優しく満たした。さらに歯をたてれば、隠れていたレッドベリーがぷちりと弾け、甘酸っぱい果汁がじゅわりと舌を刺激し、クリームと混ざりあう。
さくさくとした食感に、なめらかで瑞々しい甘さが混ざり合い、目が自然と細められた。指についたクリームも惜しくて、ぺろ、と舌を出して舐めとってしまう。
「んっ、おいしい」
「うん、甘くてとろとろ~……! 幸せ過ぎる~!」
そう言い合って立ち去る2人を「ありがとうございました!」と見送る。
(良かった)
ボルダンはじんわりと暖かくなった胸を、そっと撫でおろした。
そして宣伝になったのかそれとも物珍しさからなのか、お客さんたちが次々と立ち寄ってくれる。
「はい、お待たせ! ミートパイ3つね! 」
「こちらレッドベリーパイになります。お待たせしました」
「ミートパイ2つ! ありがとうございました!」
「すみません、こちらにお並びください」
列の整理をしつつ、パイが無くなりそうになったら追加分を焼いていく。
「よう!」
「いらっしゃいませ……ジークさん、ライルさん」
いつも見る顔に、ボルダンは微笑んだ。ひらひらと手を振ったジークは、にかっと笑いながら言った。
「繁盛してんな」
「はい、おかげ様で。来てくださって嬉しいです」
「そりゃ来るさ。美味いモンが食えるって分かってりゃぁな!」
今度はライルがそう言って豪快に笑う。
「ご注文は?」
長くなりそうだと感じたジャックが間に入ってくれた。
「うーん、ミートかレッドベリーか」
「どっちも捨てがたい」
では両方ともいかがですか? とボルダンが言いかけた、その時。
「失礼する」
鷹のように鋭い瞳に、白銀の髪。そこにいるだけで威圧感を与えてしまうようなその人は。
「こ、これはこれは。ようこそお越しくださいました。ご推薦、ありがとうございます」
マルコがコック帽を取って、深々と頭を下げた。ジャックもまた同じように頭を下げる。そしてボルダンはコック帽を取り、胸に手を当てて最上位の礼を取ってみせた。
「ああ、楽にしてくれたまえ。今日はプライベートで来た」
オルフェンの言葉に、3人は姿勢を直した。
プライベート、という言葉通り、服装は平民を模したものであるが、上質の布地を使っていることは一目で分かるし、護衛であろう屈強かつ目が鋭すぎる2人が後ろで控えているのにも違和感が拭いきれずにいる。現に不穏な騒めきが屋台周辺から沸き起こっていた。
「ご注文はどうされますか?」
そう尋ねれば、オルフェンは顎に手を当てて思案している……が、目線がちらちらとレッドベリーのパイへ行っているのにボルダンは気が付いた。
(甘いものが好きだけど、恥ずかしいんだろうな)
ちら、とジークとライルに目配せをしてみせると、彼らは無言で頷いてくれた。
「なあ、両方買おうぜ!」
「そうだな、甘いモンは疲労回復に持ってこいだしな!!」
物凄くわざとらしい大声で言ってくれたことに感謝しつつ、「お待たせしました」と2つの包みを差し出してみせる。それを見ていたオルフェンは、何となく安堵したような表情になった。
「……私も両方頼む。3つずつ」
「ありがとうございます」
礼を言いながら差し出すと、ふ、とその瞳が緩んだ。
そして。
「君たちも共にどうだ?」
そう言われたジークとライルは戸惑う。
だが。
「黒ビールくらいなら奢るが」
「喜んでお共します!!」
チョロいな、とジャックがぼそりと呟いたのが聞こえてしまったが、ボルダンは何も言わずにおいた。
「じゃあ、またな!」
「感謝する」
「はい、ありがとうございました」
傍から見れば違和感のある集団を、笑顔で見送る。
それから時間がある程度たち、客の出入りも少々落ち着いてきたところで。
「「ボルダン!!」
揃った声に顔を向ければ、アリスとアリエがいた。その服装はいつもの動きやすい冒険者としてのものではなく、アリスは赤いワンピースを、アリエは青のワンピースを身に纏っていた。頭にそれぞれの色の花飾りがついているのが、また可愛らしい。
「とても可愛らしいですね。よくお似合いですよ」
「「あ、ありがとう」」
2人は顔を赤らめてはにかんだ。
「ご注文は?」
「んー、じゃあレッドベリーのパイ!」
「あたしも!」
注文通り、ボルダンはそれぞれにレッドベリーのパイを手渡す。
「ありがとうございます」
礼を言うと、2人は顔を赤らめてもじもじとしながら口を開いた。
「あ、あのね、ボルダン」
「休憩って、いつ?」
そんなことを聞かれて、ボルダンは少し目を見開いた。するとマルコが代わりにと答える。
「もうお客さんもだいぶ捌けてきたから、先に休憩行っていいぞ」
「ああ、行って来いよ」
ジャックもまたそう言ってくれた。
「では、お言葉に甘えてお先にいただきます」
エプロンを外して丁寧に畳みながらそう言うと、アリスが思い切ったように言った。
「あ、あの、良かったら一緒にまわらない?」
続いてアリエが口を開く。
「ボルダン、花まつり初めてなんでしょ? 案内したげる!」
その申し出は素直にありがたい。
「ではお願いします」
そう答えると、2人は嬉しそうに笑ってくれた。
「花まつりの名物みたいなものはあるのでしょうか?」
「んー、やっぱり花まつり団子でしょ」
「ここのが一番美味しいんだ!」
連れて来られた屋台には、薄紅色、若草色、白色の三色団子がずらりと並んでいた。先端に小さく咲いている食用花が何とも可愛らしい。
「いらっしゃい」
老夫婦がにこやかにそう言ってくれた。
「花まつり団子を、3つ頂けますか?」
「はいはい」
穏やかな返事に心暖まらせながら、ボルダンは財布を出して料金を払う。
「あ、ボルダン」
「あたしたちの分は自分で」
2人がそう言っている間に、「ありがとうねえ」「ありがとうございます」とやり取りをしたボルダンは振り向いた。
「いえ、私に奢らせてください。いつもお店に来ていただいているのと、案内をしてくださるお礼も兼ねて」
スマートな答えに、ふわり、と2人の頬が赤くなった。
「「あ、ありがとう」」
綺麗に揃ったお礼に、老夫婦は「若いねぇ」「青春だねぇ」と暖かく見守っていた。
その後も様々な屋台を巡り、広場の休憩スペースへ。
運よく空いているテーブルがあったので、そこへ3人揃って椅子へと座る。
「はあ~、大量だね!」
「どれも美味しそう!」
「早く食べよ!」
「「いただきます!」」
綺麗に揃った2人の挨拶に微笑ましく思いつつ、ボルダンもまた「いただきます」と手を合わせた。
アリスとアリエはまずレッドベリーのパイを手に取って、大きな口を開けて齧り付いた。
瞬間、その顔に見る見る内に笑顔が広がる。
「「おいしい~!」」
またまた揃った感想に、ボルダンは自然と微笑んだ。
「レッドベリーとクリームの相性最高!」
「さくさくしてるのに、中はとろとろに甘くて滑らかで……最高!」
この感想は後でマルコさんとジャック先輩にも伝えておこう、と思いながらボルダンは「ありがとうございます」と礼を言った。
そして花まつり団子へと手を伸ばし、一番先端にある薄紅色の団子へ口を開ける。
もっちりとした食感に、ほのかに感じる甘み。そして花の香りがふわり、と心地良く口腔内へ香った。次に若草色の団子を口へと運べば、少々のほろ苦さが舌へと伝わる。しかしこの団子自体の甘みと相性が良く、心地良く混じりあって溶けていった。最後の白い団子は、実にシンプルだが優しい甘さが舌を包み込んで、今までの味の余韻を引き立てる。
「ん、美味しいですね」
「「でしょ??」
得意げな顔をする2人に、「ありがとうございます」と礼を言って微笑む。
レッドベリーの飴は歯をたてると、かり、と塗られた飴が微かに音をたてた。ぱきん、と微かな音をたてて飴を噛み砕けば、じゅわり、と甘酸っぱい果汁が溢れ出る。飴のシンプルな甘さとレッドベリーの新鮮な甘さが心地良く口腔内を満たし、しゃくしゃくとした食感もまた楽しくて思わず笑みが零れてしまう。
透明なゼリーの中に金粉と花びらが舞う『花びらゼリー』は、つるんとした食感にほんのりと甘い春の香りが口の中で広がり、ホットミルクの上に小さなゼリーやカラフルなマシュマロを浮かべた『虹色フローティングラテ』は、蕩けたマシュマロのおかげでいつもよりミルクが甘く、また固いゼリーが違う食感を味合わせてくれて、ほっと一息入れつつも楽しい飲み物だと感じた。
「ああ……綺麗ですね」
豊穣の舞を舞っている女性を見て、ふと、ボルダンがそう零した。
それに、アリスとアリエはむっと眉を寄せる。
そして。
「ね、ボルダンも踊ろ!」
「えっ!?」
「そうそう。豊穣の舞って、皆で踊ると効果倍増なんだって!」
確かに見てみれば、正式な装束ではない者が躍っているのが分かった。
「い、いえ、私はダンスは不得手で」
「そんなこと気にしないって!」
「行こ行こ!」
2人に両方の手を取られて、ぐい、と引っ張られては堪らない。
ボルダンは強制的に踊りの輪へと入れられてしまった。
散々踊らされた後で戻ると、「なんか余計疲れてないか?」「大丈夫か?」とマルコとジャックに心配されてしまい、ボルダンは「大丈夫です」と困ったように返すことしか出来なかった。
そうして時間が経ち、ストック分が売り切れる頃には夕日が沈みかけている頃だった。
「よっし、店じまいするか。お疲れさん!」
マルコの号令に「お疲れ様です」と返しながら、あちこちの道具やゴミを片付けていく。こういう作業が苦にならなくなったのは何時だろうか、なんて思いながら。
屋台自体は実行委員会のものだから、そのままの状態で大丈夫だ。それでも原状復帰は大事、と思いながら布巾を使ってピカピカに磨き上げていく。
「じゃあ、そろそろ解散で」
「承知しました」
「ありがとうございました」
そう挨拶をしつつ、ボルダンは尋ねる。
「花まつりも、もう終わりなのでしょうか?」
「いや、夜に光る花を飾ったりするし、夜限定の屋台も出たりするぞ」
「これからが花まつりの本番っていう人も結構いるよ」
「楽しそうですね」
マルコとジャックがそう説明してくれるのに、ボルダンはふむふむと頷きながらそう答えた。
「だから、楽しんで来いよ」
「お待ちかねの人がいるみたいだし」
「え?」
きょとん、と目を見開くと。
「おい、妙なこと言うんじゃねぇよ」
その声に振り向けば、リーナが不機嫌そうな顔で立っていた。いつも後ろで無造作にくくっている金色の髪は下ろされており、若草色のワンピースを身に纏っている。
「ボルダンが休憩中の時に来てくれたんだけどさ」
「おい、だから余計なこと言うんじゃねぇ!」
「リーナさん、来てくださったんですね。ありがとうございます」
ジャックに怒鳴ったリーナだが、ボルダンがそう声をかけると「お、おう」と返事をしてもじもじと身体を揺らせた。
「こ、こんな格好すんの久しぶりで……に、似合ってないだろ?」
「そんなことないですよ」
リーナが恥ずかしそうに言うのをボルダンはきっぱりと否定した。
そして。
「とてもよく似合っています。すごく可愛いですよ」
「かわっ……!?」
ぼふっ、とリーナの顔が真っ赤に染まった。
「ボルダン、リーナさんに案内してもらったらどうだ?」
マルコがそう声をかけてくれたのに、ボルダンは頷く。
「リーナさん、よろしければ案内していただけませんか?」
リーナは目を見開いた後、不機嫌そうに言った。
「お、おう。しょうがねーな」
「ありがとうございます。……では、お先に失礼します」
「おう、お疲れ!」
「気を付けてな!」
そう声をかけてくれたマルコとジャックに軽く頭を下げ、ボルダンは「行きましょう」とリーナを促した。
日は沈み、夜の帷が静かに会場を覆い尽くしていく。
至るところに飾られた花やランタンの光が、祭りをより幻想的に彩っていた。
「リーナさんのおススメはありますか?」
「んー、アタシが好きなのは……」
そう言って立ち止まったのは、クックルの串焼きの屋台だった。じゅうじゅうと肉が焼ける音が耳に心地良く、漂う芳ばしい香りに鼻が思わず鳴ってしまう。
「おい、2本くれ」
「へい、毎度あり!」
手慣れた様子で注文するリーナ。
ボルダンは財布を出して料金を支払おうとしたが。
「ああ、アタシが奢るからいーよ」
「ですがレディにお金を出させるなんて」
「れ、レディ……! お前、恥ずかしいこと言うんじゃねぇよ! と、とにかく、アタシが奢ってやるって言ってんだから少しは甘えろよ!」
そしてリーナは顔を赤らめて、ぼそぼそと呟くように言った。
「そ、それに、いつも美味い飯作ってもらってんだから、礼くらいさせろよな」
そこまで言われては断れない。
「では、お言葉に甘えますね。ありがとうございます」
「お、おう」
「はい、お待たせ!」
威勢の良い声と共に、串焼きが渡された。こんがりとした焼き色、そしてタレの照りが何とも食欲をそそられる。
「いただきます」
リーナはそう言って、歩きながら齧り付いた。
ボルダンもそれに習って「いただきます」と言ってから、齧り付く。表面の芳ばしい焼き目が、パリッと音をたてた。そして肉汁がじゅわっと溢れ出す。蜂蜜をベースにした甘辛いタレが舌を刺激し、肉の旨味とよく合う。炭の香りがするのも、また憎い。
噛む度に肉の旨味がほどけて、串を持つ手がほんのりと熱で暖かくなるのを感じた。
「美味しいですね」
「ああ、美味いだろ?」
リーナはへへっと得意げに笑った。ボルダンは微笑み返して、口を開く。
「歩きながら食べるのも良いですね。何だか違った美味しさです」
「ん? ああ、そうだな」
コイツ食べ歩きしたことがないのか? とリーナは思ったが口には出さなかった。
次の屋台で買ったのは、カルツォーネ。紙越しでも伝わる温かさ、表面はこんがりと焼けている。チーズの芳しい香りに思わず鼻が鳴った。
そっと先端を摘まんで少しだけ裂いてみる。その途端、熱いチーズが糸を引いて溢れ出し、甘い蜜の香りと焼けた肉の香りが広がった。その濃厚な香りに、思わずうっとりと目が細められる。
誘われるままに大口を開けて齧り付けば、外側の生地がぱりっと良い音をたてた。さらに歯をたてれば、チーズの海が弾けた。濃厚なチーズの味が口の中いっぱいに広がり、噛む度に肉汁と蜜が混じりあい、甘しょっぱい味が舌を刺激した。
齧った後からはふわふわと湯気があがる。その湯気さえ惜しいと再び齧り付けば、中に隠れていた分厚い肉の塊に歯が当たった。これはパフロウの肉だ、と気付く。赤身の肉とは思えない程柔らかくなっており、少し強めに噛むだけでほろりと崩れ、熱と旨味が広がった。
チーズと具が溢れて手を汚したが、滴り落ちるそれすらも惜しくて、行儀が悪いと思ったが夢中で食べ進める。
「これも美味しいです」
「ああ、美味いな」
「そういえばピザはメニューに無いですね。提案してみようかな」
こんな時でも食堂のことか、とリーナは苦笑したが「楽しみにしてる」とだけ答えた。
次はオクトボール。綺麗な丸の上にとろみのある黒ソース、削り花が湯気でふわふわと踊り、香り葉と紅ガリクスが彩りを添えていて何とも美味しそうだ。
ピックで突き刺して、ふうふうと冷ましながら口へと運ぶ。
「あふっ……」
ふわふわのそれに歯をたてた瞬間、とろり、と出汁の旨味が出た生地が溢れて舌を焼いた。そうして入っていた大振りのオクトはこりこりとした歯ごたえで食べ応えがある。
黒ソースとシャキシャキと歯ごたえが楽しい紅ガリクスが良い仕事をして、がつん、と脳を刺激した。もう1つ、もう1つ、と食べる手が止まらない。
八本足のぬめぬめとしたグロテクスな海洋モンスターが、こんなに美味しくなるのだから見た目で判断してはいけないとしみじみ思った。
そして最後に春野菜のポタージュスープを買って、広場のベンチに並んで座る。
湯気のたつそれをふうふうと冷ましてから口を付ければ、ほんのりと甘い香りがした。そうして舌先に触れたのは、優しい塩気と、野菜の甘さと旨味。
(ああ、春だなあ……)
すり潰されたカライモと豆の滑らかさが舌先でほどける。微かに残った粒がほろりと崩れる食感が優しい。
飲み終えた余韻に浸りながら、ほうっ、と息を吐く。
昼間に比べ、穏やかな音楽が流れているのが心地良い。舞もまたそれに合わせて、静かで滑るような動きが多めのものになっていた。
踊り手たちの花冠がほのかに光り、舞に合わせて幻想的に煌めく。花びらが風に舞い上がり、星と混じってきらきらと輝いた。
「なあ、ボルダン」
リーナに話しかけられ、ボルダンは顔を横に向けた。
「はい」
そう返せば、彼女は少し目線を逸らしつつ口を開く。
「この祭り、豊穣を司ってる精霊に願い事が出来るんだ」
「そんなことが出来るんですね。やってみたいです」
そう答えれば、リーナは少しばかり安堵したような笑みを浮かべつつ、「分かった」と頷いた。
川では多くの人々が、花飾りを付けた短冊を流していた。ほのかに光るそれは、川の流れに合わせてゆらゆらと色とりどりに揺らめいて、幻想的な光景を作り出している。
「これに願い事を書いて流せば良いんですね」
「ああ」
リーナにそう返され、ボルダンは改めて手の中にある木で出来た短冊を見つめる。花飾りの色は赤だ。
ほのかに光るそれを綺麗だと思いながら、ボルダンは尋ねる。
「どのような願い事でも良いのでしょうか?」
「あー、昔は芸事の上達を願ってたんだが、今はもうだいぶ緩くなってるからなぁ」
「なるほど……」
神妙な顔で短冊を見つめるボルダンに、リーナは微かに口元を持ち上げた。
「お前は料理の腕の上達か?」
「いえ、私は……」
「あ、言い忘れてたけど、知られたら叶わなくなるからな」
「早く言ってくださいよ」
けらけらと笑うリーナを少々睨んで、ボルダンはペンを取り直した。
短冊に滑らせると、それは星を散りばめたかのようにきらきらと輝く。
「……っ!」
それに息を呑みつつも、ペンを滑らせて願い事を書き終えれば、リーナも丁度書き終えたようだった。彼女の短冊の花飾りは青。夜の色に紛れて、ほのかに光っている。
「うし、流すぞ」
「はい」
揃って川へと浮かべれば、たちまちに流れていった。赤と青の花飾りが揺らめき、重なり合い、少し離れては重なり合いを繰り返して、遠ざかっていく。
リーナさんはどんな願い事をしたのだろうか、と一瞬思ったけれど、聞いてしまっては台無しだ。
「リーナさん、ありがとうございます」
「え? い、いや、別にンな改まって礼を言われることじゃねぇだろ」
礼を言うと、リーナの顔が赤くなる。
ボルダンはそれに目を細め、ポケットからある物を取り出した。
「今日のお礼です。受け取っていただけませんか?」
その手にあるのは、銀のイヤーカフ。
外側には小さな薄紅色の花が一輪だけ添えられており、光を受けるとほんの一瞬だけ、春の空気のような柔らかさを帯びる。
「屋台で買ったものです。リーナさんに似合うと思いましたので」
そういえば「少し席を外しますね」と言って離れた時がある、とリーナは思い出した。
まさかこれを。
買ってきてくれたなんて。
「……っ」
熱いものが込み上げそうになるのを堪えたのをどう思ったのか、ボルダンは困ったような顔をした。
「これならクエスト中にも外れにくいと思ったのですが……」
「そこまで考えて……っ」
「リーナさん?」
心配そうに名前を呼ぶボルダンの手から、そっとイヤーカフを受け取る。
「……ありがと」
ぼそりと礼を言うと、ボルダンは「はい」と頷いて優しく微笑んでくれた。
それにまた顔が熱くなりつつも、リーナはイヤーカフを耳へと着けてみせる。それは誂えたかのように耳に馴染んだ。銀の裏にある細かな刻みが吸い付くような感触を返し、外れたりすることはないだろうと確信が持てる。
「似合う、か?」
「はい、とてもお似合いです」
ボルダンはそう答え、さらに言葉を続けた。
「それ、屋台のご主人に聞いたのですが、お護りの効果があるそうです」
リーナの瞳が、僅かに見開かれる。
「『無事に帰って来る』」
真っすぐな言葉は、胸を射抜くには充分過ぎて。
「私はリーナさんが無事に帰って来るのを、食堂で待っていますね」
「ばっ、お前、それじゃ……!」
「え?」
ボルダンはきょとん、と目を見開く。
その様子に他意など全くないことが嫌でも分かって、何だか腹ただしい気分になるのが抑えらなかった。
「お前がそういうこと言うから、アタシはっ」
そう言いかけたリーナだったが。
「おい」
不意に横へ顔を向けた。
どうしたんだろう? とボルダンもまたその方向へ顔を向ける。
「あ」
見れば、ジークとライル、そしてマルコとジャックが木の影からこちらを覗いていた。
「あー、いいとこだったのになぁ」
「もうちょいだったなぁ。惜しかった」
しみじみと言い合う、ジークとライル。
「やるなぁ、ボルダン。女の子にお護りあげるとは」
「これが秘訣か……なるほど」
ふむふむと感心したように頷くマルコとジャック。
「え? 皆さん何時からそこに?」
訳も分からず戸惑うボルダン。
「いやあ、ボルダンも罪な男だなぁ?」
「実際どうなのよ?」
「え?」
ジークとライルに両側から肩を組まれてそう聞かれ、ボルダンはますます戸惑うしかなかった。
「~~~~お前らっ!!」
そんな中、わなわなと震えていたリーナが顔を真っ赤にして怒鳴った。
「はっ倒してやるから順に並べ!!」
「リーナが怒った!」
「逃げろ逃げろ~!!」
「え? え? あ、待ってください!」
一目散、とばかりに逃げる面々につられて走るボルダン。
その顔には、自然と笑顔が浮かんでいた。
『美味しい料理を、いつまでも作り続けられますように』
川に流したその願いが。
叶いますようにと思いながら。
(終)




