ギルド食堂、昼のサンド
白い皿に乗っているのは、ふっくらと丸みを帯びたオムレツ。
焦げ目一つない優しい黄金色のなめらかな肌が、そしてところどころにあるバターの艶が、光を受けて柔らかく反射している。その光景だけで食欲がそそられた。刻んだパセリアが、その黄金色を引き立てているのがまた憎い。
ナイフをすうっ、と入れれば、中からチーズがとろりと溢れ出す。さらに強くなった芳しい香りを楽しみながら、フォークで掬い上げて口へと運ぶ。
「……っ」
とろりとした食感が舌へと降り、芳ばしいバターの香りが鼻に抜けた。濃厚なチーズとまろやかな卵の味が混ざり合って、口腔内を満たしていく。その幸福と美味しさに、目が自然と細められた。
次にサングラのスープパスタに手を付ける。くるくるとフォークにパスタを巻き付けて、口の周りを汚さないように一口で。程よいアルデンテに茹でられているパスタに、たっぷりと絡みつく濃厚なサングラの味わいの少しどろりとしたスープが口の中で混ざり合った。少し大きめに切られたタマニアは旨味がスープに溶けだしているが、形がしっかりと残っている。魔茸のこりこりとした食感も楽しいし、ガリクスの風味が良いアクセントだ。
「はあ、美味しい~」
「あったまる……」
しみじみとそう言い合うのは、双子の冒険者であるアリスとアリエ。二人とも魔法使いで、アリスが前衛魔法、アリエが後衛魔法を得意とし、双子ならではの息の合ったコンビネーションで……というのはさておき。
「どっちがボルダンの作った方かなあ?」
「アンタそれ失礼でしょ」
「えー、お姉ちゃんは気にならないの?」
「それは、まあ……」
顔を赤らめて目を逸らすアリスに、アリエは「でしょ?」と笑ってみせる。
鏡のようにそっくりなこの双子を見分ける方法は、胸元のリボン。アリスが赤で、アリエが青だ。
以前、悪戯のつもりでお互いのリボンを入れ替えた時に、食堂の出入り口で看板を出しているボルダンに。
『いらっしゃいませ。今日は、リボンの色が逆なんですね。でも、よくお似合いですよ』
そう言われ、驚いた。肉親以外で見分けられる者はいなかったのに。
どうして分かったの? と聞いてみれば。
『レディの顔を見間違えるなんて、そんな失礼なことはしませんよ』
と、何でもないことのように穏やかな笑みで言われてはもう……胃袋のみならず心まで掴まれてしまったのは言うまでもないことで。
閑話休題。
「ねえ、今度は少し遠出してみない?」
「うーん、難易度をちゃんと確認してからにしようよ」
「何言ってんの、こういうのはどんどん受けていかなきゃ」
「もう、お姉ちゃんはいつもそうなんだから。もう少し慎重にいかないと」
楽観的なアリスに、慎重派なアリエ。だからこそ、バランスが取れているのだが。
「それに、遠出の間ご飯どうするの? 道中に街が無かったら……」
「うーん……保存食って味気ないのよね。ジャーキーは味が濃いし、固形食はぱさぱさしてるしさ」
「ここのご飯が昼でも食べられたらうれしいんだけど……贅沢よね」
でもクエストの後のご褒美だと考えれば、と提案したところで、「失礼いたします」と声がかけられた。
「食器、お下げしてもよろしいでしょうか?」
見上げれば、それはボルダンだった。2人は少しばかり熱くなる頬を隠しつつ、「よろしくお願いします」と声を揃えた。静かに食器を下げてトレイに乗せるボルダンに、アリスが声をかける。
「ね、今日のメニューってボルダンが作ったの?」
「ええ。お二人が頼んだ、二つのメニューは私が作りました」
2人の顔がぱあっと明るくなった。
「「すごく美味しかったよ!」」
揃った賞賛に、ボルダンは照れたように、それでも嬉しそうに微笑む。
「ありがとうございます、光栄です」
残りのメニュー、すぐにお待ちしますね、とボルダンは食器を乗せたトレイを軽々と持ってその場を後にした。その後ろ姿を見送り、2人は顔を見合わせて笑い合う。
「ふふっ、美味しいって言えたわね」
「お礼も言われちゃった。あの笑顔、やっぱり反則よね!」
なんてことを言い合っていると、失礼いたします、と再びボルダンが、2人の前に静かにティーセットを設置していく。紅茶を淹れるその手付きも優雅で、その様子を2人はうっとりと見守った。
「ごゆっくりどうぞ」
そう言って立ち去ろうとしたボルダンを「待って!」と呼び止める。
「どうされましたか?」
不思議そうな顔をする彼に、まずアリスが口を開く。
「そ、その、えっと……ここのご飯が昼でも食べられたらいいなって、アリエと話してたんだけど」
「そういうのって出来る?」
アリエの問いに、ボルダンは少し考えるような顔をした。
「要するに、保存食のようなもの、でしょうか?」
「うーん、保存食というか、一日だけでもいいの。手軽にお腹に溜まるものが食べられたらいいなって」
「なるほど……」
「あ、無理はしないでね」
「あったらいいなって思っただけだから!」
2人の言葉に、ボルダンは思案を一旦止めて微笑む。
「ありがとうございます。でも、折角のお二人のご要望ですから、考えておきますね」
「「あ、ありがとう」」
それに2人の顔が、ほんのりと赤くなったのに、ボルダンは気付かなかった。
「保存食じゃなくて、軽い昼食か……」
「確かに保存食って独特の味だもんな」
「そんなに独特なんですか?」
ボルダンの問いに、マルコが「ちょうどあるから食べてみるかい?」と尋ねた。是非、と頷くと、マルコは戸棚から袋を取り出して、差し出してくれる。
ありがとうございます、と言いながら、一口サイズくらいのそれを取ってしげしげと眺め。
「クッキーみたいですね」
「見た目はな」
マルコとジャックは困ったように笑って顔を見合わせている。ボルダンは不思議に思ったが、口を開けた。
ざくっ
歯ごたえは良かった。……歯ごたえは。
「……っ!」
ぱさぱさとした食感、口の中の水分が全て吸い取られそうな不快な感覚。顔を顰めそうになるのを必死に堪えて飲み込もうとするが、飲み込めない。唾液すらも吸い取られているようだ。
「はい、水」
マルコがグラスを渡してくれた。とりあえずお礼は後だとグラスを受け取って口を付ける。
冷たい水ごと少しずつそれを喉に納め、は、と小さく息を吐いた。
「ありがとうございます……。香りは良いですが、味は殆どしないんですね」
「腹持ちと栄養面を重視するとそうなるんだろうな」
「あと、長期間の保存も、ですね」
そう答えてくれた2人に「そうなのですね」と返してボルダンは考える。
(でも今回リクエストされたのは、『長期間』ではなくても良いもの。一日だけでも手軽に、片手間に食べられて、それ程場所を取らずに済むもの……)
ああ、そういえばかつて父……今はそうではないが……が、執務の合間に頼んでいたものがあった。それは実にシンプルなもので、簡単な材料で誰でも作れる、
「サンドイッチはどうでしょうか?」
そう提案し、言葉を続ける。
「クエストの合間に手軽に素早く、そして少しお行儀が悪いですが歩きながらでも食べられますし、挟む具材を工夫すれば味のバリエーションも無限大に増やせます。パン自体にも味を付けたり噛み応えを付けることで満腹感も満たされるかと」
「ほう、なるほど。考えがいがありそうだ」
「具材自体は保存に適したものが良さそうですね」
「ですが食べやすくしないと『手軽に』の条件が果たせませんので……」
そう意見を交わしながら、ボルダンは思う。
執務に励んでいる父のために、とサンドイッチを初めて作ったのはもうだいぶ前のこと。その時は包丁を握るようになって間もなかったから、少々不格好な見た目になってしまったのを思い出す。
それでもメイドが持って返って来た皿が空になっていた時は嬉しかったのも同時に思い出して、少々切なくなってしまった。
「ボルダン?」
「どうした? 調子悪いのか?」
心配そうに声をかけられ、はっと我に返る。
「いえ、何でもありません。ありがとうございます」
そうだ、心配してくれる人は今ここにいる。
それで充分じゃないか。
「中身の具材は、やはり肉類は外せないでしょうか」
「そうだな、あとは出来れば野菜も……」
こうやって料理の意見を交わせるのも楽しい。
ボルダンの顔には、自然と笑顔が浮かんでいた。
そして。
「ふんふふ~ん♪」
「お姉ちゃん、遊びに行くんじゃないんだからね」
鼻歌を歌いながら心持ち弾んだ足取りのアリスに、アリエは念を押すように言った。
「だって、楽しみなんだもん。ボルダン発案のサンドイッチ!」
早くお昼にならないかなぁ、とにこにこと笑うアリスに、アリエは困ったように笑うことしか出来なかった。楽しみなのは、自分も同じだったから。
油紙に包まれたそれは、受け取った瞬間から美味しそうな香りがして。手渡される時にボルダンが「気を付けてくださいね」と笑顔で言ってくれたこともまた嬉しく……なんてことはさておいて。
昼前に目的地である鬱蒼とした森へと到着した。ここに生息する薬草や茸を採取するのが目的だ。
「採取するのは、えーっと」
「待って、リスト出すから」
アリエが取り出したリストを、アリスも覗き込む。
「うわー、改めて見ると多いね。陽光草にころころ草……岩喰根も石裂茸もあるじゃん、サイアク」
「固い岩に生えるからね。でも、やらないと」
「そうね。ちゃっちゃと終わらせるわよ!」
「待ってよ! 雑に採っちゃダメだからね!」
分かってるって! と答えてすたすたと森へ入っていくアリスを、アリエは慌てて追いかけた。
そうしてどうにか依頼の採取を終えたのは、昼をだいぶ過ぎた頃だった。
「あー、疲れた!」
「ほんっと、キツかったぁ……」
2人は森を出て、川辺へと移動した。
アリスが水を汲んでいる間に、アリエが携帯式の魔導コンロの準備をする。丁度温まった頃に、汲んで来た水を小型の鍋に入れて湯を沸かす。
マグカップを取り出し、四角の固形物をその中に放り込めば、からり、と固い音がした。これはサンドイッチと共にボルダンが渡してくれたものだ。「お湯に溶かしてください」と言われた通りに湯を注ぐと。
「わあ、いいにおい!」
「これ、コーンスープだ!」
コーンの芳しい香りに、ごく、と唾が溜まってしまう。
でもまずはサンドイッチだ。
「「いただきます!」」
声を揃えて挨拶をし、いそいそと油紙の包みを取る。たちまちに漂う香りに、思わず鼻が鳴った。
手で掴んで、大きく口を開けて齧り付く。
「んっ……!」
パンの外は少し固めだったが、中はしっとりとしていて噛み応えがある。中身は煮込み肉を解したものと、根菜のペースト。噛めば噛む程肉と野菜の旨味が口へと広がっていき、思わず頬が綻ぶ。パンにも肉汁が染みこませてあるのだろう、肉の味がしっかりとしているのもまた良かった。
次に食べたサンドイッチの中身は、固ゆで卵のペーストだった。卵のまろやかな味と、細かく刻まれたピクレアの酸味が程良く混じりあう。こりこりとした食感もまた楽しい。
そうしてあつあつのコーンスープをふうふうと冷まして口へと運べば、コーンとミルクの優しい甘さが舌の上で優しく解け、口腔内を満たしていく。サンドイッチを浸して柔らかくして食べれば、また別の美味しさがあるのが堪らない。
「はあ……おいしい……!」
「うん、最高……!」
2人はしみじみとそう言い合って、同じようにまたサンドイッチへと齧り付いた。
「状態が非常に良いですね。はい、確かに受け取りました。こちらが報酬です」
「「ありがとうございます!」」
無事に薬草をギルドに届けて料金も貰った2人は、ほくほくとしながら外へと出た。
「結構良い報酬だったわね」
「うん、それにお昼のサンドイッチも美味しかったし!」
ね! と2人は顔を見合わせて笑いあう。
ボルダンにお礼言わないと! と食堂へ向かえば、丁度ボルダンがテーブルを拭いているところだった。すかさず駆け寄って声をかける。
「ボルダン!」
ボルダンはテーブルを拭く手を止めて、こちらを向いてくれた。
「いらっしゃいませ。お疲れ様でした」
その言葉と笑顔で、一日の疲れが吹き飛んでしまうような気さえしてしまうから始末に負えない。
「あ、あのね、サンドイッチとスープのことなんだけど!」
「ああ、そうですね。いかがでしたか?」
「「すごくおいしかったよ!」」
声を揃えて言うと、ボルダンは目を見開いた。そして、ふ、と細められ、柔らかで嬉しそうな笑みがその顔に浮かぶ。
「ありがとうございます。そう言っていただけて、嬉しいです」
「……っ!」
ぶわり、と頬が熱くなった。
ああ、なんかずるいな、と2人は揃って思う。
「ね、ねえ、ボルダンのお休みって」
「おい、真ん中で話し込んでんじゃねえよ。邪魔になんだろが」
無遠慮に声をかけられ振り向けば、リーナが不機嫌そうな顔で睨んでいた。
「リーナさん、いらっしゃいませ。……お怪我はありませんか?」
怯むアリスとアリエだが、ボルダンはいつものように穏やかに声をかける。
それにリーナはきまり悪そうに視線を外しながら答えた。
「ンなヤワじゃねーよ。……それより、サンドイッチがどうとかっていうのは?」
「ええ、アリスさんとアリエさんがありがたいことに昼でも食堂のメニューが食べたいと仰ってくれましたので」
「……それで作ったって?」
「そうです」
あっさりと肯定するボルダンにリーナは目を狭めてみせてから、アリスとアリエを見た。怯んでいた2人だが気を取り直して言い返す。
「すっごくおいしかったよ!」
「うん、昼でもここのご飯が食べられるなんて最高だった!」
その言葉に、リーナは僅かに目を見開いた。そしてボルダンに顔を向けて口を開く。
「明日。アタシにもそれ作ってくれ。泊りがけのクエストになりそうだからな」
「分かりました。ではボリュームを重視した中身にしておきますね」
「頼む」
微笑むボルダンに、リーナもまた微かな笑みを浮かべた。
そのままボルダンは「お好きな席にどうぞ」と告げて、その場を後にする。
残されたアリスとアリエ、そしてリーナはしばし互いを見合い……つん、と顔を逸らした。
「あーぁ、罪深いねぇ」
「ほんっと人たらしだよなあ、ボルダンは」
その様子を見ていたジークとライルは、しみじみとそう言い合った。
(終)




