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砂漠に降る銀の月~花の刻印があるスルタンの妃は盗賊と出会う~  作者: 高瀬さくら


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47.ジャスミン

部屋の奥から女が出てきて、ラズールは待ち構えていたように、素早く立ち上がった。


「今、服を着て出てくるよ」

「すまねえな。アンタしか頼めなくて。――どうだ?」


 部屋の中には二人だけ。大柄な女は診察して洗った手を拭きながら、ラズールに答える。 


「腰の花押(トゥーラ)は、刺青じゃない。皮膚を染めたんじゃない、染料も使ってないかもね」

「……帝国に連れて行っても駄目か」

「あそこの医術でも消せない。実験体にされちまうかもね」


 難しい顔で、絨毯に座り込んだラズールに女は興味深そうに目を向ける。


「首の拘束具も外すのは無理そうだね。貼りついて、皮膚の一部さ。神経や血管に入り込んでいるかもね」

「命の危険はあるのか?」

「あの謎の代物は生きているかもしれないが、今あの子から何かの供給を受けている様子はないよ」

「血や何かを吸っているわけではないと」


 ラズールの強張った顔に、女は手を触れた。


「怖い顔だねえ。アンタが女のことで、こんな目をするなんてね」


 その時、紗幕の奥から覗いた小さな足先にラズールは目をやり、女の手を下に降ろさせながら口を開く。


「シャーラ、平気か」

「――ええ、あの」


 奥から出てきたシャーラの目線は、ラズールの手。女の手を離した直後なので、見ていないと思うが、表情が固い。


「シャーラ?」

「え、え、あの、ありがとうございます」


 クスッと女は笑って、シャーラに向き直る。


「心配しなくても、この男は私に興味はないよ」

「つーか、アンタは俺の手にはおえねぇよ。ジャスミン」


 女――ジャスミンは肩をすくめた。


「アンタは昔から素っ気なかったけどね、優しくなったよ。女でこうも変わるなんてね」


 ラズールが怪訝そうに眉を顰めると、入口からデカイ影が覗き、その人影が乱暴に座る。


「ラズール、人の女を取るなよ」

「おい、入ってくるな」

「いいだろ、診察は終わったんだ」


 トゥリーは目の前のシャーラに笑いかける。


「ジャスミンはちょいと怖いが、医者としての腕は確かだ。びっくりしたろ」


 シャーラが答える前に、ジャスミンは今しがた現れた男に指を突きつける。


「トゥリー。アンタ、よくも私の目の前に姿を見せられたね。アンタ、酒場の女に乗り換えたんだろ」

「ば、違うって、ジャスミン! マリアはジャファルに言い寄られてたから、助けてやっただけだって」

「へええ、マリア、ねえ? ならその後、二人で部屋に入っていったってのは?」

「だから違うって!!」


 目を丸くするシャーラに、ラズールは横に座るように促す。


「ああ、ラズール。えっと、ジャファル達は、あの遺跡に入り浸ってるってさ」


 トゥリーの話題転換。だが、シャーラがジャファルの名にびくりと怯えて肩を竦めるのを見て、ラズールはシャーラの手を取る。


 ティナム遺跡は軍人時代に調べ尽くしたが、何もなかった。だが今回シャーラを鍵として遺跡の仕掛けが作動した。ジャファルはそれを探っているのだろう。


「けどよ。シャーラがいなけりゃ、どうしようもないんだろ?」

「シャーラ以外の女を手に入れた可能性もあるな」


 ラズールが呟くと、トゥリーとジャスミンの二人は微妙な顔でこちらを見てくる。


「なんだ」

「ねえって。ジャファルは、アンタに執着してんだから」

「そうそう。シャーラがアンタの女だから、ジャファルは欲しがってんだよ。この子にとっちゃかわいそうな話さ」

「俺のせいだって言うのか」


 納得いかない。

 だが、ジャファルがシャーラに執着していたのは事実で、諦めるとは思えない。ジャスミンが優しく口を開く。


「シャーラ、アンタ本当にイラムに行きたいのかい? 別に金銀財宝が欲しいわけでもないんだろ?」


 シャーラは強張った顔で、しっかり頷く。


「夢で何度も見るんです。イラムに行くと、誰かに約束したんです」


 シャーラは最初こそジャスミンには緊張していたようだが、姉御肌の彼女にはすっかり緊張を解いたみたいだ。


「その相手は男かい?」

「えっ」


 ジャスミンは容赦ない。その質問に無表情を作るラズールだが、実は気にもなっていた。


(訊いてもよかったが、なんだかな)


 ファリドのことといい、あまり根掘り葉掘り訊くのも情けないつーか。ラズールの微妙な男心なんて知りもしないシャーラは、目を驚きで見開き、それから首を傾げる。


「わかりません。声は、よく聞こえなくて」

「気分はどうだい? 愛しいとか、会いたいとか、切ないとか。夢の感情は素直だよ」


(踏み込み過ぎだろ!)


 ちょっと固唾を飲んでしまう。


「――すごく、切ないです」


 その返答に、ラズールはシャーラの手を握る手とは反対側の手で、拳を握りしめていた。

 これは、嫉妬だろうか。


「そうか、わかったよ。これ以上は訊かない、ラズールの顔を怖くしたくないからね」


 一瞬の間の後、「俺は!」と立ち上がりかけたラズールは、繋いだ手のせいでラズールに手を引っ張りあげられたシャーラを見下ろして、黙って腰を下ろす。


「私の我儘なのはわかっています。皆さんを巻き込んでいるのも。けど……」

「――最初にシャーラと約束したのは俺だ。イラムはシャーラが唯一覚えている名だ。連れていけば、シャーラが約束した理由も相手もわかるかもしれねえし、印を施した魔神の企みもわかるかもしれないしな」

「その相手は、助けを求めているのかもしれないね」


 ジャスミンの言葉に、シャーラは記憶を手繰り寄せる。そうなのだろうか、シャーラに助けに来てと言っているのだろうか。


(イラムに行って、と頼まれた気がしたのだけれど)


 その場合は、約束をした時に、シャーラもその相手もイラムにいなかったことになる。それを伝えると、皆が考え込む。


「こうは考えられないかい? アンタもその相手も、魔神に捕まっていた。イラムに行くことで、魔神からの追跡や拘束に逃れられる」

「……一番、それが近い気がします」


 憧れとか、行けば望みがある、そんな感情がよぎった気がした。


「確かにイラムには強力なジンがたくさん使役されているっていうしね。金銀財宝、ジンの魔法の道具も隠されているかもしれないね」

「ならそのジャファルのヤラシイ拘束具、イラムのジンに外すよう頼んでみるのも手かもなあ」


 トゥリーがシャーラの首を指差すから、ラズールは睨んで彼女を背に隠す。


「睨むなよ。お前も仲間だ、ラズール」

「は?」

「いーや。美人に裸で、幻の国に連れてってなんて頼まれたら、死んでも断らねぇわ」

「トゥリー。あんた、シャーラをそんな目で見るなら追い出すよ」


 ジャスミンが、姉御気質を発揮して、トゥリーを叱る。ラズールも「馬鹿か」と一言、冷めた一瞥をくれてやる。だが、ふと思う。   


 確かに頼りなげで記憶のない女に、故郷に行きたいと頼まれたら、十中八九、男なら助けるだろう。


花押が腰に彫られた女達を連れていた男達は、探った限りでは悪い噂はなかった。意図して関わったというより、女に惚れこんで不幸にも巻き込まれただけかもしれない。


(俺も同じかよ)


 とはいえ、シャーラのためだと思うと、巻き込まれたという腹立ちは全くない。むしろ、自分でよかった、他の野郎じゃなくてよかったとも思い、強くシャーラの手を握る。


(バシャマは、それを狙ったのか?)


 それを狙ってラズールが動くだろうとシャーラを託したのだろうか。

 だが、それは何故だ? バシャマになんの利点がある?


 ラズールは思索に耽り、背後でシャーラが顔を俯けていた事には、気がつかなかった。

 



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