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籠姫   作者: 桐龍潮音
14/14

月夜の散歩―壱―






赤い花を踏みつけてしまわぬように。

そっと、伏し目がちに歩みを進める。

金の鬼に手を引かれるままに。






「あの銀緋がこれほど烈花が見事な場所を知っているとはな」






金の鬼が感心するように、けれどどこか可笑しそうに呟く。

その呟きは、夜風に揺れる木々の音と虫や夜行性の動物たちの微かな息遣いが混じった赤い花畑の世界の中に不思議なほど自然に溶けていった。

だからだろうか、思わず視線を上げ、金の鬼に向かって自然と私も呟いていた。






「ここは私と銀緋さまが出会った場所なのです」






あの金色の籠の中に居たならば、絶対に口にしなかったであろう過去の記憶の片鱗。

父さまには暴かれてしまったけれど、誰にも教えなかった、銀の鬼と私だけの秘密の場所。

ここはその場所を模した幻想の世界のはずなのに。

足元に広がる赤い花の感触も。

頭上から降り注ぐ月光の柔らかさも。

その柔らかな光に照らされた闇に潜む生き物たちの息遣いも。

全て私が育ったあの森の中と同じで、「帰ってきた」と勘違いしそうになる。






本当は銀の鬼に作り出された世界からは出られていないというのに。






「出会った場所、ね」


「ええ」






ちらりと意味ありげに振り返った金の鬼の目線から逃げるように、また目を伏せる。

金の籠に捕えられたあの日は、籠の外はどこまでも深い漆黒に包まれていた。

しかし泣き叫んだまま眠りにつき、次に目を覚ました時には籠の外の世界はこの赤い花園に変わっていた。

そのことにまた私は言い知れぬ衝撃を受けて泣き叫ぶこととなった。

ただ単に景色が変わっていたことに驚いただけじゃない。

赤、という色は私に父さまの最期の瞬間を思い出させる。

しかも赤い花園はまさに父さまがその最期を迎えた場所だ。

その場所の中心に金の籠に閉じ込められ置かれる形となった私は、銀の鬼への恨み事を叫ばずにはいられなかったのだ。

何故こんなにも苦しめるのか、と。






「お前はこの場所が好きなのか?」






金の鬼のその問いかけに、私は思わず歩みを止めた。

つられるようにして金の鬼の歩みも止まる。

ざわり、と風に木々が揺れる音が耳に響く。






「―-――わかり、ません」






あの悪夢のような日の前までならば。

「好きだ」と何の迷いもなく答えられただろう。

満面の笑みとともに、それこそ宝物を披露する幼子のように。






「あの日までは、確かに大好きな場所だったんです」






母さまが大好きな烈花が咲く場所。

愛しいと初めて恋心を抱いた銀の鬼と出会い、幸せだと言える日々を過ごした場所。

その銀の鬼に裏切られ、父さまを失った場所。






「今では、好きという言葉だけでこの場所を表すことはできないのです」






温かさ、愛しさ、幸せ、憎しみ、悲しみ。

この赤い花園は、本当に色々な記憶と感情を思い起こさせる。

好きな場所だ、と言うにはあまりに悲しい記憶と思いがあって。

嫌いな場所だ、と言うにはあまりに幸せな記憶と想いがあって。

愛しさと憎しみが混在する、まるで銀の鬼のような、そんな場所。






「けれど、忘れられない場所ではあるのです」






この赤い花園での思い出は深く私の心に刻まれている。

ひとつたりとも、忘れることなどない。

いや、決して忘れてはいけない。

懐かしくて、忌々しくて、愛しい場所。

全ての記憶と感情を持ってしてこの場所を表せるのは、忘れられないというその言葉だけだ。






「好きと一言では表せないが、忘れられない場所」


「はい」


「ならばそのようにしか言えなくなった、「あの日」に何が起こった?」


「え…?」






顔を上げると、鋭い眼差しでこちらを見据える金の鬼の姿があった。

ひやりと背中になにやら冷たいものが走る。

繋がれた手が少し強く握りこまれる感覚がした。






「言え、籠姫」


「そ、れは…」


「銀緋とお前の間に何があったのだ?」






銀の鬼と良く似た赤い瞳が私を貫く。

まるで銀の鬼に詰問されているかのような、そんな錯覚を抱く。

泣きたいような、怒りだしたいようなぐちゃぐちゃな感情に思わず顔を歪めてしまう。






「…申し訳ありません金緋さま。これは私個人だけでは済まぬお話。どうぞこれ以上の追及はお許しください」


「お前の口からは言えないと?…いや、言いたくないということか?」


「…無礼なこととは承知しております。申し訳ありません」






言えない、言いたくない。

確かにその通りである。

でも、一番正しいのは「言い方が分からない」だ。

銀の鬼との日々をどう言葉にしたらいいのか、もう私は分からなくなってしまった。

憎んでいるだけだった籠の中の私だったならばその想いのまま言葉を紡げたかもしれない。

けれど銀の鬼をいまだに愛していると気づいてしまった今の私は、感情の整理が上手く出来ていない。

この胸に溢れる数多の感情が混じり合い、もうどの想いで言葉を紡げばいいのか分からないのだ。






「…無礼と承知で王族である俺が訪ねても応えぬとは、やはりお前は肝が据わっているな。籠姫らしくない」


「申し訳ありません。どうか、お許しください」


「お前の謝罪は聞き飽きた。応えずともよい」


「…ありがとうございます」


「だがなぁ、籠姫」






風が吹く。

ざわざわと音を立てて。

赤い花弁を撒き散らしながら。






「秘密はいつか暴かれてしまうものなんだよ」






嗚呼、それは。

遠い幸せな日々の中で暗い影を落とすように呟かれた言葉。

金の鬼の姿に紫の鬼の姿が重なる。

泣きたくなるような既視感に心が震える。






「…わかっております」






そう、誰よりも分かっている。

隠し続けた秘密が暴かれる瞬間を。

そして隠した秘密の代償を払わねばならぬ、その時を。






「けれど、それでも…今は言えないのです」






秘密を語るには言葉が必要だ。

その言葉を私は今、持っていない。

持っていたとして上手く語れるかは分からない。






「…きっと、秘密というものは暴かれる時が語るその時なのです」






秘密を持つならばそれ相応の覚悟をしなければならない。

隠し続ける忍耐と、暴かれた時に払う代償。

その二つを覚悟しなければならないのだ。

それをあの時の私はちゃんと分かっていなかった。

分かっていなかったからこそ、払う代償が大きくなってしまった。

取り返しがつかぬほどに。






「暴かれる時が語る時…お前はなかなかに面白いことを言う」






ニヤリと笑う金の鬼。

悪戯めいたその笑みに、金の鬼という存在をひどく身近な存在に感じた。

人の子である私からしたら遠い存在である王族の鬼であるはずなのに。

あまりのその悪戯めいた笑みが人間くさくて、まるで同等の存在であるかのように感じてしまったのだ。






「さあて。おしゃべりはここまでだ籠姫。ここから城内に入るぞ」






ふと気がつけば、赤い花園の終わりに扉のようなものがあった。

ぼんやりと淡く光る金色の扉。

毎日籠の中からこの花園を見ていたが今まであんな扉があることなど気付かなかった。






「この花園にあのような扉があるなど知りませんでした」


「そうだろうな。あれは俺が作り出したものだ。ここと城とを繋ぐ道のようなもの。銀緋だってここへ来る時は似たようなものを作り出して来ているだろう」


「そうなのですか…」






銀の鬼はいつも唐突にやってくる。

けれどそういえば、今まで不思議と銀の鬼が現れる瞬間というものを見たことがなかった。

気がつけば目の前にいて、気がつけば去っていってしまっていたのだ。






「いいか、籠姫。これから先、俺はお前を抱きあげて連れていく」


「えっ…!?」


「決して俺の腕の中から出ようとはするなよ」


「あの、金緋さ――――ッ!?」






ぐいっとものすごい力に体が引っ張られたかと思った一瞬後には、私は金の鬼の腕に抱きあげられていた。

幼子を父親が抱き上げるように、片方の腕に座らされる形で抱き上げられたのだ。

突然高くなった視界に驚き、思わず目の前にあった金の鬼の首に縋りついてしまった。





「あ、も、申し訳ありません金緋さま…!」


「よい。不安定だろうからそのまましがみついていろ」


「あ、はい…」






金の鬼はそう言うものの、さすがに首にしがみついたままというのは恐れ多く、またいたたまれない気がしたので首元ではなく胸元に手を手を当てて寄り添わせてもらうことにした。

これもこれで恥ずかしく落ち着かないのだが、首にしがみつくよりは幾分かであるように思えた。






「あの、金緋さま…何故このような格好をしなければならないのでしょうか…?」


「城内は銀緋の完全なる領分だ。アイツは歴代の王の中でも群を抜いて魔力があってな。城内に入る全ての者の気配を察知するなぞ造作もないことなんだ。だからそのまま入ればお前の気配もすぐに知れてしまう。だからこそ俺の気配に紛れさせるしかないのだ。そのためにはなるべく傍に置かなければならないからこうして抱き上げたまでのこと」


「そ、そうですか…。あの、でも銀緋さまがそれほどまでに魔力があるのならばこうしていても私の気配は伝わってしまうのではないですか?何しろ私は人間ですし…鬼の方とは気配が違うと思うのですが」


「確かにお前の気配は独特だ。こうして俺の気配に紛れさせても銀緋には見つけられてしまうだろうな…普段であれば」






私を抱き上げたまま金の鬼は扉をくぐり抜けた。

一瞬目の前が歪んだかと思うと、次の瞬間に目の前に広がっていたのは赤い花園ではなかった。

月夜に照らされた荘厳な意匠が広がる、長い廊下だった。






「しかし今宵、銀緋はお前の気配に気がつかぬよ」


「え?」


「アイツは今……取り込み中、だからな」






妖しく艶やかな笑みを浮かべた金の鬼が私を覗き込む。

面白がるような光を浮かべた赤い瞳が探るように私を見つめる。

けれど私は何を探られているのかが分からず、ただその瞳を見つめ返すしかなかった。






「さあ、籠姫。夜の散歩はこれからだ」






そっと囁かれたその声を、私はただただぼんやりと聞いていることしかできなかった。
















































ひみつ、ヒミツ、秘密。

ねぇ、これは秘密なの。

誰にも教えられない私だけの秘密。






でも、秘密がいつか暴かれるものならば。

暴かれたその時は全て語りましょう。

私の全ての言葉と想いを乗せて。






ねえ、だからね。

秘密を暴くと言うのなら。

一欠けらも残さず暴く覚悟を持ってちょうだい。











ぜんぶ、ぜんぶ、暴いて、私をぐちゃぐちゃにしてよ―――――



















































大変遅くなってしまって本当にすみません(>_<)




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