06 初めてのお買い物
早朝俺は目が覚め、徐々に意識が覚醒してくる。昨日の昼間の修行と夜にはリーニャとの激しい攻防で疲れきっていた俺は、夕食を食べた後すぐに寝てしまった。異世界生活初日からハードすぎだと思う。まあ今日は装備を揃えるのと剣の先生を探しつつ、町を見てゆっくりとする予定だ。
そんな事を考えながら、この一人で使うには大きすぎるフカフカのベッドの感触を楽しんでいると、布団の中で何かがごそごそと動いている。布団を捲るとそこには一人のメイドが居た。
「リーニャ、こんな所で何をしてるんだ?」
「おはようございます。お嬢様、まだ朝は冷えますのでお嬢様を暖めて差し上げようかと思いまして」
「……いいからベッドから出なさい」
「かしこまりました」
俺がベッドから出るように言うと、少し残念そうな顔をしながらリーニャは出ていく。朝から平常運転のリーニャに俺は思わず、朝から深いため息を吐いてしまう。
「お疲れのご様子ですね」
「ああ、誰かさんのせいでね」
「だそうですよ?ミュー様」
「何を言っておる、明らかにお主のせいじゃろうが」
あれ? 寝ぼけているんたろうか、リーニャとミューが普通に会話しているんだが。
「ちょっ、ちょっと待った! 何でミューが出てきてるんだ!? 普通にリーニャと喋ってるし!」
「ふむ、お主が起きる前にここで見つかってしまっての、しょうがないので、わしがお主と契約している使い魔だという事とお主に修行をつけている事をを話したのじゃ」
なるほど転生や女神様の話しは、きちんと隠しているようだ。まあたしかにこれからの事を考えると、屋敷にも協力者がいたほうが何かと便利かもしれない。
「はい、朝お嬢様を起こしにお部屋の前までくると、物音が致しましたので、中を覗くとミュー様が爪を研いでいらっしゃいましたので」
「ふむ、わしが気づかないとはお主なかなかにやるの」
「恐縮です。これでも私はお嬢様の護衛兼メイドのキャンベル家専属魔法使いですから」
どこから突っ込めばいいんだろうか?というか爪研ぎって猫かよ! いや……ミューは猫なんだけどさ、しかもリーニャって俺の護衛だったの?しかも魔法使いって……。
「なるほどの、通りでわしがここまでの接近に気づかんわけじゃ」
とりあえず俺はウンウンと頷いておく、下手に喋るとボロがでそうだからだ、それにしてもリーニャのやつただの変態メイドじゃなかったんだな。
それから朝食を終えた俺たちは、町に向かうことにした。
「へーやっぱりにぎわってるなー」
俺たちは貴族や大商人等の身分が高い者が住む上級地区を抜け、様々な商店がならぶ商業地区にやって来ていた。食材から武器など多種多様な物が売っている、さすがはキャンベル公爵領と言ったところか、すごい人の数だ。
「はい、キャンベル領の中心都市ですので、様々な物や人が集まります。」
商店街を歩くのは俺とリーニャの二人だ、着ている服もいつものドレスではなく町娘風の地味目なワンピースだ。このあたりの準備は全てリーニャがしてくれていたし、家の許可も護衛のリーニャ同伴というこで認めてもらっている。やはりリーニャはかなり優秀らしい。ちなみにミューは俺の中で待機している。
「じゃあ早速装備を揃えにいこう、リーニャどこかいい店しってるか?」
「はい、私のいきつけのお店があるのでそこへ参りましょう」
「リーニャは、魔法使いなのに武器も使うのか?」
「はい、護身用のナイフ等を使いますので、たまにお世話になってます」
どうやらリーニャは、魔法以外にも接近戦もいけるらしい、それにさっき聞いた話だとなんと『水』と『風』の2つの属性を持っているらしい、これほど頼もしい護衛もなかなかいないだろう。そんな話をしているうちに、どうやら店に着いたようだ。
「おお!リーニャじゃねえか、今日はどうしたんだ?」
店の前にいくと身長2メートル近くありそうな筋骨粒々の厳つい顔の大柄なオッサンが出てくる。
「はい、今日は彼女の装備一式を揃えてもらいに来ました」
今回はお忍びなので、俺はリーニャの友人で冒険者志望のアイリという設定だ。
「よろしくお願いします」
「おいおいこんな華奢な、お嬢ちゃんのか?」
たしかに、こんな小娘が剣など振れるようには見えないだろうし、そう思われるのも仕方ないだろう。
「問題ありません、彼女は身体強化も使えますので」
「ほう、それは将来有望だ、こりゃあサービスしとかねえとな!」
「ありがとうございます」
それからリーニャと店主のアドバイスもあり、ハーフプレートに黒を貴重とした装備で軽さを重視したものらしい、それにリーニャがかなり見た目に拘ってかなりカッコいいかんじになる予定だ。そして剣は女性にも扱いやすいという事で軽めの片手剣を選んだ。
「こりゃあ……多少はサービスするが、それでもかなりの値段になっちまうが、金は大丈夫かい?」
リーニャが、この店で最高レベルの素材を使った装備を選んでくれたので、金貨30枚ほどになってしまった。アイリーン・キャンベルのお金ではあるが、有り難く使わせてもらう事にした。
「問題ありません」
そう言って俺はアイテム袋から金貨を取りだし店主に支払う、このアイテム袋も元々はアイリーン・キャンベルの物だ。よくあるチート主人公のようにいくらでも入るなんて事はないが、そこそこの量が収納できる。
「たしかに受け取った、じゃあ調整も含めて1週間程でできるから、その頃に取りに来てくれ」
「わかりました、それでは行きましょうか、アイリ」
「ええ、それでは失礼します」
こうして装備を揃えることができた俺はリーニャと共に店をあとにする。ちなみに剣はすでに受け取っており、訓練用に既製品の装備も購入して装備してある。
「それじゃあ、あとは剣の扱いを教えてくれるところだけど、リーニャどこか心当たりはあるか?」
「それなのですが……冒険者ギルドに行ってみるのはどうでしょうか?」
「冒険者ギルド?」
「はい、冒険者ギルドには新人冒険者に講習会を開いていたり、依頼料を払えば個人的にみてくれたりもします。お嬢様はあまり時間がありませんので、依頼料を払ってでも、個人的に訓練をしてもらったほうがよろしいかと
」
たしかに、夏期休暇は3ヶ月ほど、学園に戻ったらしばらく修行なんてできないだろうし、短期集中で教えてもらったほうがいいだろう。それに冒険者ギルドか、一度行ってみたかったしちょうどいいかもしれない。
「そうだな、次は冒険者ギルドに向かおう」
「では、ギルドは東門の近くにありますので、馬車でそちらに向かいましょう」
とりあえず馬車の停留所のような場所があるのでそこへ向かって歩いていると、一人の子どもとぶつかってしまう。
「あうっ」
俺とぶつかった子どもは、その反動でしりもちをついてしまう、そしてちょうどその時子どもが被っていた帽子が落ちてしまう、するとピコっとかわいい猫耳があらわになる。
「な!……」
俺は異世界初の猫耳の少女とのファーストコンタクトに、言葉を失ってしまう。ああ、あのふさふさの耳に触らせて貰えないだろうか、そんなことを考えていいると、猫耳少女か泣きそうな顔でこちらを見上げている。
(おっと、こんなこと考えてる場合じゃなかった)
俺は彼女の目線に合わせてしゃがみ、帽子を拾って被せてあげる。
「ごめんね、大丈夫だった?」
「うっうん……」
「立てる?」
「大丈夫」
そう言いながら猫耳少女は立ち上がる。そして「ごめんなさい!」と言って走りさってしまった。
「なんか私……怖がられてた?」
たしかに、気の強そうな目をしていると自分でも思うが、子どもに怯えられるほどであろうか、そんな事実に落ち込んでしまう。
「いえ、というより人間であるお嬢様にぶつかって怒られると思ったのでしょう。シンフォニア王国は人間の国ですので亜人を差別する人間は少なからずいるのです。」
なるほど、だからあの子はあんなに怯えていたのか。自分が原因ではなかったと知って少し安心したが、複雑な気分だ。
「あんなに可愛いのに……」
「まあ、お嬢様の顔が怖かったという可能性も捨てきれませんが」
「そこは捨てておこうか!」
するとリーニャは、クスクスと笑い出す。
「すみません、以前のお嬢様なら大変お怒りになっていただろうと思いまして、おやさしいのですね。」
たしかに本来の公爵家令嬢であるアイリーン・キャンベルであれば只ではすまなかったかもしれない。
「もういいから、停留所にいくぞ!」
「はい!お嬢様!」
恥ずかしくておもわず顔を反らし、歩き出す俺の後ろをなぜか、嬉しそうについてくるリーニャの姿があった。