23 公爵家筆頭騎士ゼノとの試合
「それはともかくだ。アイリーンよ、学園を卒業した後はどうするか考えているのか?」
なんとか父にルナの事を認めてもらいホッとしていると、学園を卒業した後の話になる。やはり父としては娘の将来が不安なのであろう。なにせ16歳にして子持ちになってしまったのだから。一応考えてはいる、第一希望としては冒険者としてやっていきたいのだが、さすがに許して貰えるとは思えない。
なので第二候補としては騎士としてこの公爵領で働くことだ。せっかくここまで剣や魔法を身につけたのだから、それを生かした仕事がしたいと思っている。この屋敷で働かずに生活も不可能ではないだろうが、ルナの姉としてそんな情けない姿は見せられないし、俺自身ダメ人間になってしまうだろう。
「はいお父様、可能ならば騎士として身を立てたいと思っています」
「騎士か……、だがお前が考えているより過酷な世界だ。巡回等の任務で都市外に出てモンスターを討伐したりもするし、それに町で宿を必ず取れるとも限らん、野外で野宿することもあるのだぞ? もちろんメイドもいないので自分の事は全て自分でしなければならない。貴族として生きてきたお前にそれが耐えられるか?」
要するに父は貴族として何一つ苦労せず生きてきた娘に、そんな過酷な生活が出来るのか? と言いたいらしい。ギルドマスターとグラン師匠は俺が冒険者として、いきいきと東地区で活動している事を知っているので、父の発言に苦笑いしていた。
「はい、もちろん大丈夫です。最近そういう生活にも慣れましたので」
「たしかにこの夏期休暇の間、東地区に行っていたのだったな……」
俺が自信満々にそう答えると、たしかにと頷いた後に目を閉じ暫く考え込むと、父は決意したかの様に目を見開き、真っ直ぐ俺を見据える。
「わかった、お前の決意が本物なら良いだろう。ただし今からゼノと試合をし、認められればの話だ」
「分かりました。その試合お受けいたします」
俺とゼノさんの試合が決定すると、俺たちはそのまま屋敷の騎士達が詰めている訓練場に移動する。
そこは騎士達の宿舎が立っており、その隣に訓練場が併設されている。訓練中だった騎士達はゼノさんが説明し、全員端の方に移動する。そして屋敷で公爵令嬢である俺と騎士長であるゼノさんが試合をすると聞きつけた使用人が、大勢集まって来ている。ちなみに衛兵や一般兵士の皆さんは屋敷の外にある建物に詰めている。
屋敷のほとんどの者が俺が魔法や剣を使える事を知らないので、あのアイリーン様がと、かなり驚いているようだ。
そして俺たちはそんな観衆に囲まれる形で、訓練場に真ん中に陣取っている。なるほど認められればとは、父やゼノさん達だけでなく、キャンベル家の騎士全員にその実力を示せという事か、たしかにいきなり公爵令嬢の俺が騎士になっても、他の騎士達は認めてくれないだろう。
「お嬢様、気をつけてください。ゼノ様の実力は本物です。もともとは王都で騎士団長を務めていた程の方ですから」
「ああ、あのオッサンまだまだ現役だぜ、それに俺達と同じ火属性持ちだ」
試合開始を待っていると、リーニャとグラン師匠がゼノさんの情報を教えてくれる。
「まあアイリなら楽勝だな!」
「だが油断するなという事じゃ」
そしてルークが楽観的な事を言うと、ミューが油断はするなと苦言を呈してくれる。もちろん強くなったとは言え、歴戦の騎士相手に油断するほど慢心はしていないつもりだ。
そんな話をしている間にゼノさんの準備が出来たようで、俺とゼノさんを残して全員訓練場の端に移動していく。
「お待たせ致しましたお嬢様、準備はよろしいですかな?」
「ええ、大丈夫よ」
「では始めますかな、ドラゴンと戦ったお嬢様なら魔法ありの戦闘も問題ないでしょう」
「もちろん、手加減は無用よ」
ゼノさんからもちろん魔法は大丈夫だろうと、挑発気味に言われたので、俺は勿論だとそれに答える。
するとゼノさんは嬉しそうに、ニヤリと笑った。獲物を見つけた猛獣のようなオーラを放っている。
これからの戦いが楽しみでしょうがないといった感じだ。
そしてお互いに武器を構える。先ほどまで周りの観衆のざわつきが、嘘のように訓練場一体が静寂に包まれる。そして暫くの沈黙のあと、審判役の騎士が合図を送るとまず先に動いたのはゼノさんだった。
さすがと言うべきか、一瞬で身体強化と武器強化の魔法を発動させると、物凄い速さで俺の間合いに入ってくる。だが俺も強化は既に済ませてありゼノさんの初撃を難なく防ぐ、そして何度か剣を打ち合うとお互いに距離をとる。
すると周りの観衆から次々と歓声が上がる。
「すごい! あのゼノ様と打ち合うなんて!!」
「ああ、それにお嬢様の強化魔法を発動する速さでも、ゼノ様と互角だ」
だが今のはお互いただの小手調べだ。属性魔法も使っていないのだから。
「ふはは! 流石ですなお嬢様、うちの若い者だったら今の打ち合いで倒れていますぞ!」
「それは光栄ね、では次はこちらからっ!!」
今度はこちらから攻める事にする。俺は一気に踏み込み、先ほどよりも速度を上げてゼノさんに斬りかかる。風魔法はまだ使っていないが、俺の今の全力の動きにゼノさんは余裕でついてくる。それに様々な角度から切り込むが、全ていなされてしまう。
やはり魔力量はこちらの方が多くても、身体強化魔法の練度はあちらの方が上のようで速度は互角だ。それに剣の腕はゼノさんの方が遥かに上で、こちらが徐々に追い詰められていく、このままでは不味いと俺は再びゼノさんから距離をとる。
そして剣に炎を纏わせ、構え直す。
「ほう、お嬢様も火属性をお持ちでしたか、全く弟子の弟子まで火剣使いとは偶然とは思えませんな」
そう言うとゼノさんも剣に炎を纏わせる。そして一呼吸おくと、次はお互い同時に切り込む。
赤い紅蓮の炎がぶつかり合う度に凄まじい音と熱が場内に伝わり、訓練場の熱気もそれにつられるように上がっていき、観衆の声援も最高潮に達している。
剣の腕では劣るが、炎の勢いは俺の方が上のようだ。だがゼノさんは剣を巧みに操り、俺の猛攻をなんとか防いでいる。そして炎の出力をさらに上げて、打ち込むとゼノさんは勢いを後ろに流しながら、飛び退く。
「こんなに滾る打ち合いは久々ですぞ!!」
「それは良かった、でも申し訳ないけど次で決めさせてもらうわ」
「ふはは! 私はまだまだやれますぞ!」
ゼノさんは普段は礼節を重んじる礼儀正しい騎士のようだが、戦闘となるとかなり好戦的になるようだ。
楽しんでいるところ申し訳ないが、このまま白熱していけば怪我をさせてしまいそうなので、そろそろ決着をつけようと思う。
俺は剣の炎を解くと全身に風の魔法を纏い、姿勢を落とすと一瞬でゼノさんの眼前まで到達する。
ゼノさんは驚愕し目を見開く、咄嗟に剣を構えようとするがその前に俺の剣がゼノさんの喉元に、突きつけられる。
すると辺りは再び静寂に包まれる。誰もが予想できなかった結果になり、誰も口を開けないでいた。
そしてゼノさんの剣に灯っていた炎が消えると、ゼノさは豪快に笑い出す。
「ふはは! 私の完敗のようですな、まさかお嬢様がここまでの力をお持ちとは」
ゼノさんの敗北宣言により、止まっていた時が動き出す。
「しょ、勝者! アイリーン様!!」
審判の騎士から俺の勝利が告げられると、訓練場に割れんばかりの歓声が響き渡る。中には騎士長であるゼノさんが破れ、困惑している者もいるが、大抵は俺を賞賛してくれているようだ。この感じであれば騎士になった時にも、歓迎してくれる筈だ。
「ゼノさん、ありがとうございました」
「いえ、こちらこそ久々に全力の試合が出来ました。それにしても最後のは速かったですなあ、目で追うのが精一杯でしたぞ」
俺は剣を鞘に収め一礼する。どうやらゼノさんも久々に全力を出して、満足したようだ。それに俺も風の魔法での高速戦闘もこのクラスの騎士に通用する事が分かって良かった。剣の訓練はグラン師匠と散々行ったが、風の魔法を使用しての対人戦は初めてだったのだ。
「ここではゆっくりと話も出来ませんな、公爵様もお嬢様とお話しする事もあるでしょうし、先ほどの部屋に戻りましょう」
「そうね、では行きましょうか」
俺はリーニャ達と共に騎士や屋敷の使用人達の声援を背中に受けながら、応接室に戻った。そして席につくとメイドさんにお茶を入れてもらい一息つく、その際にメイドさんに羨望の眼差しで見られていたので、早速先程の試合の効果が出ているようだ。
最近は屋敷の者には、怯えられる事も少なくなってきていたので、今回の件でさらに俺の好感度が上昇し、悪役令嬢脱却が一歩進んだだろう。
「2人とも見事な試合であった、特にアイリーンはゼノに勝ってしまうとは、お前の強さは正直予想のかなり上であった。この短期間でよくそこまで腕を上げたものだ」
「ええ、お嬢様はいずれ王国の守護者、十魔剣聖と肩を並ばれる程強くなられるでしょう」
「そこまでか……ここまで実力を見せられれば、認めない訳にもいくまい。アイリーン、お前が騎士となる事を正式に認めよう」
「ありがとうございます。お父様」
キャンベル家の筆頭騎士に勝利を収めたことにより、騎士となる事を認められた。これで結婚しなくても文句を言われる事もないだろう。それに貴族の令嬢としてお茶会や夜会に出なくても良くなるかもしれない。
それよりも十魔剣聖とか言う単語が聞こえたんだが、一体なんなのだろうか? そんな事を考えていると、父がおもむろに話出す。
「我がキャンベル公爵家から女で騎士になるのは、初代キャンベル家当主の娘クラリス様以来だな」
「クラリス様ですか?」
「ああ、まだこの辺りが国同士で争っていた頃、女性でありながら強大な魔力を持ち、国内随一の剣の腕前で戦場の最前線に立ち、数多の武功を挙げたらしい。そして周囲からはメイデンナイト、乙女騎士と呼ばれたそうだ」
乙女騎士か、いいかもしれない。それくらい強くならないと、この先不安でしょうがないし、大昔とはいえ魔王が出没する世界だ。それにルナ達を守る力が欲しい。俺は決意を新たに宣言する。
「お父様、私クラリス様に負けないくらい強くなってみせます」
「ああ、アイリーンならクラリス様を超える乙女騎士になれるだろう。期待しているぞ」
「はい!!」
こうして新たなる目標、最強の乙女騎士になると俺は決意した。




