司書魔王ワーズ
光の差し込まない薄暗い路地。
何かから逃げるように周りを警戒し走る一人の男。
必死に抱えたものを護りきらんとする気迫に満ち溢れている。
キョロキョロと辺りを見回して人気のないのを確認してから、ある扉へと近寄る。
「我は自由の徒、書を求め、書を愛す」
男がその文言を発すると、なんの変哲もない木製の扉は漆黒に金細工の施された重厚な扉となり、男はその中へと入っていった。
男の開けた扉は閉まりきると同時に、再び元の扉に戻った。
誰もいない路地裏を風が通り過ぎる。
ところ変わってある一室。
壁は全て天井までの本棚となっていて、床にも本が山のように積んである。
部屋の中には一人の少年、褐色の肌にエルフ特有の長く尖った耳、雑に切った長めの白髪で目元を隠している。
この部屋の主であろう彼は床と同じく本に埋め尽くされた大机に突っ伏していたが、誰かが訪れる気配に身を起こした。
ガチャ
「っはー……疲れた……」
「よう、コールか」
「ワーズ……!これ……ッはぁ……」
「一旦落ち着け」
突如部屋の中空に現れた扉を開いて入ってきた男はそのまま床に倒れ込んだ。
コールと呼ばれた男は息も絶えだえで、しかし手に持った一冊の本をすぐにでも手渡したがっている。
コールを一旦落ち着かせるために、ワーズという名の少年はどこからか持ってきた水入りのコップを手渡した。
「ップハー……ッ……ふぅ……」
「落ち着いたか?」
「うん、あんがと……ってそれよりも!!見てよこれ!」
「待て」
急くコールを宥めソファへと向かう。
テーブルには冷えた茶が置かれているが目も呉れず、コールは弾丸のように喋り始めた。
「よーやく手に入れたんだよ!これね、二百年くらい前の魔導書なんだけとね!なんと作者が革命の首謀者の友人の魔導師で革命についても色々メモみたいなのが挟まってて多分これ露見したら歴史変わっちゃいそうな代物で多分騎士にでもバレたら僕反逆意思で縛り首ついでに本も焼却処分で揉み消されかねないレベルのやばい感じのなのにそのへんの怪しい魔導具屋の隅っこでホコリかぶってたからお金置いて適当に」
「落ち着けって!」
「うん……?あっうんごめん、それで絶対ワーズのとこなら安全だと思って買ってそのまま持ってきたんだ」
「まぁそんなんだとは思ってた……にしてもスゲェな……この作者天才じゃねぇの」
「すごいよね……二百年前の魔導書なのについ最近発見された理論普通に書いてあるし」
魔導書に熱中する二人。机に置かれた茶はとっくにぬるくなっている。
「全く兄様達は集中すると全く周りが見えないんですから」
「あ、ミゼちゃん、お邪魔してるよ」
「お久しぶりですコールさん。ところで勇者の方がいらしたようですよ」
「マジで?いまいいとこなのに……クッソ勇者め……おいコール、ミゼ、ちょっとその辺隠れてな」
「はいはーい」
ワーズとは対照的な配色の、陶器のように白い肌に巻き毛の黒髪の、ミゼと呼ばれた少女。彼女はワーズの妹であり、兄と同じく前髪で目元を隠している。
彼女の告げた勇者の来訪に渋々二人は本から顔をあげ、ワーズはミゼとコールの安全を確保する。
勇者に対峙するのは魔王で十分、彼こそこの書の塔に居を構える魔王なのだ。
ギイィ……
軋むような音を立てながら、壁を埋める本棚が動き、隠されていた扉が現れる。
そこから入ってきたのは三人組の女勇者達。
「お前らが勇者か」
「なんだいエルフの坊や、あたし達ァ魔王探してンだけど」
「教えてくれたらぁ~おねぇさんたちがイイコトしてあげるヨ」
「ちょっとあんたたちっ!エルフは成長が遅いんだからこんなんでも年上かも知れないでしょっ!」
ワーズを魔王と気づかない勇者達は文机に腰掛ける少年、ワーズに声をかける。しかしそれは的確にワーズの機嫌を逆なで、最後の女騎士の台詞についにワーズの堪忍袋の緒が切れた。
「貴様ら言いたい放題言いやがって……『汝が書、汝が言葉、我の呼び声に従いて此処に顕現せよ』」
「ん?」
「はい?」
「なっ!モタモタしてないで戦うわよ!」
「遅いっ!【紫陽花と矢車菊】34頁『空中に作り出された氷の刃は鋭く、奴等の足を貫いた。』」
キレたワーズは片手に青い表紙の本を持ち朗読する。と、正に文章を再現するかのように空中に煌めく鋭利な氷刃が現れ、勇者達の足を狙い降り注いだ。
「きゃっ」
「何コレ!」
「そんな魔法見たことない……まさかお前が!!」
「うっせぇ、終わらすぞ【夕暮れ時の詩集】15頁『人は家へ 獣は巣へ 全てのものは 帰るところへ』」
ワーズが次に開いたのは淡い橙色の小さな詩集、ワーズがそれを詠むと同時に穏やかな光が部屋を満たし、その光が収まると、 勇者達は消えていた。
ワーズは勇者達を殺すことはない、例え生き返る術があるとしても一定数命を落とす者はいる。
しかし誰が未来の作家となるかはわからない。実際勇者を引退した後本を書き始めた者もいるわけで、本を第一に考えるワーズはそれを書く人間らを、基本的に殺さない様にはしているのだ。
先程の魔法の効果で散らかっていた本も片付き、少し空間のできた部屋の中央でワーズは一つ伸びをしたのだった。




