森生魔王ショウ
落下、砂漠、気絶、彼には何が起こっているのか全く理解できなかった。
目が覚めると見知らぬ森の中にいることに気がついた。
じんわりと痛む頭を抱えながら今の状況を整理しようとする。
(確か俺は……)
家を出て、人混みを抜けて走って、路地裏まで出たことは覚えていたが、そこからどのようにしてこの森に至ったかが全く思い出せない。
(取りあえずここを出て帰らないと……ん?)
帰らないと?彼は思考を反復する。
(帰る、帰る……どこに帰ればいいのだろう)
記憶が混濁し、意識が朦朧とする。
(あぁ落ち着け、落ち着くんだ柏崎梢、ああもうあの時穴に落ちたりなんかするから……)
(……)
(…………穴に落ちた?)
かすかに引っかかった記憶の残滓を必死にたぐり寄せる。
(思い出した……)
人気のない路地裏で躓いた時……、咄嗟に目を瞑ったが地面にぶつかる衝撃はいつまで経っても訪れることはなかった。
恐る恐る薄目を開けると丸く切り取られた青空。止まらない落下。
理解を超えた現象に意識を手放したのだった。
(じゃあ一体ここは……)
記憶が戻ったからといって状況に改善が起こるでもない。持ち物は家を出たときのカバンに、財布、充電の切れた携帯電話、からっぽのペットボトル。
こんなことになるんだったらもう少し何か使えるものを持参すべきだったと考えてもせん無きことである。
一息ついて辺りを見回すも、そこにはただ底知れぬ深い森が広がるだけだ。
(?…………)
眼前に広がるのは多様な植物の繁茂する森である。ショウの足元も丈の長い下草に覆われ、地面が全く隠れている。
なんの変哲もない森に見える。しかし、何かがおかしい。
(……動物が、いない……?)
大抵森であるならば、そこを住処とする虫や鳥、そしてそれらを食する動物たちなどの生き物が存在する筈である。しかし、この森にはショウ以外の生き物の気配が全くない。
完璧な無音である。
(なんだってんだよ……)
ショウはこの森の奇妙さを気にしつつも、取りあえず歩くことにした。
ここから抜け出す、あるいは抜け出せないにしてもこれだけの森ならばどこかに水場がある筈である。呆然と立ったままでは状況は改善しない。
「……は、水…………水だ!!」
植物をかき分けて進むこと数時間、なんとか水源のようなものを見つけることが出来た。
といっても小さい沼くらいではあるが、十分透明であり安全そうである。
我も忘れて水に顔をつけ、直に飲む。都会の人間であったショウにとってここまでの探索は相当苦行であったのだ。
「ぷっはー生き返る……は?」
水面に映った自身の顔を見て言葉を失う。
普段見慣れた自分の顔、そこまではいい。しかし黒髪であったはずの髪の色はいままでのショウの常識の範疇を超えて緑色であった。
(緑……?え、っちょっとま、は?)
緑がかった黒とかでもなく、ただ純粋な真緑。
例えていうならばそれこそ周辺の草木のような色である。
(もう……わけわかんねぇ……)
水を摂取できたことによる安堵か、ここまでの森を歩いてきたこと、または混乱による疲労か。
重くなった頭とだるい体ではもう探索もままならないだろうと判断したショウは、近くの柔らかそうな葉の上で体を横たえ、眠りについたのだった。
一方その頃、ショウの眠る森からやや離れたところにある町の中心部は騒然としていた。
町に面する砂漠、不毛の地たるその中心に、突如として広大な森が現れたのであった。内部に入ろうとしても複雑に絡み合った木々によって阻まれ、気味悪がった冒険者が魔物によるものだと思い、火を放ったのだがまるで植物が意思を持ったかのような動きをして消し去ったという。
人知を超えた謎の出来事。戦々兢々とした町の上層部がこれを教国に伝えられた。知らせを聞いた教皇がこの森を新たに生まれた脅威により生み出され、その森の主を魔王と定め、勇者を差し向け始めるのはもう少し後のことである。
気づく間もなく魔王と定められた、異世界から来たる不幸な青年はいまだ深い眠りの中……。




