第5話結婚という二文字(二人)
蓮の母親は今倫の祖父と同じ大学病院で入院している。
身寄りがない蓮の母。
今は蓮の父親、翔が面倒を見ている。
あの頃付き合っていた男とは、離婚した後、再婚したがまたすぐ離婚したらしい。
その後も色々な男と再婚離婚を繰り返したらしい。
父親との離婚によって男にだらしなくなった母親。
離婚してから一度も自分に会いにも来なかった母親。
蓮は母親の余命が後少しだと翔から聞かされたがいまだに会いには行かなかった。
自分の余命を知ってから息子に会いたいなんて勝手なコト言っている母親が許せなかった。
理由がどうだろうが蓮はまだ母親を許せずにいる。
二人は恋路ヶ浜の帰り、杏を託児所に預け、祖父の看病の為病院へ寄った。
祖父の症状は以前変わらない。
「倫、外でタバコ吸ってくるわ」
「あ、うん」
病院内のコンビ二で蓮はコーヒーを購入し、倫にそう告げるとコンビニを後にした。
倫は蓮の後姿を見て、蓮は本当は口では許せないと言っている母親に“会いたい”と言う気持ちで溢れているように思えた。
倫は蓮から蓮の母親の病気のコトを聞かされていたが、蓮に“会いに行けば”とはとても口に出せずにいた。
「蓮くん」倫は俯きベンチで座る蓮の背中に声をかけた。
「さっ、杏を迎えに行くか」
口数の少ない蓮。
「うん」
やっぱり言えない。
両親のコトで蓮がどれだけ傷ついたか知っている。
自分もその立場だったらきっと許せないと思う。……でも、このままじゃいけない。
倫はそのコトを考えると胸を締め付けられる思いになった。
託児所に杏を迎えに行き、蓮は車を運転しながら「お前の親父いつ帰国する?」と倫に訊いた。
「パパ?」
「うん」
「まだちょっと向こうが片付かないらしくて再来週だよ」
「じゃぁ、今度の日曜日、実家に来れる?」
「ん?」
「親父達に俺らのコト話したんだ。そしたら“早く連れて来い”って」
「あ…うん。大丈夫だよ」
「じゃぁ、日曜日の朝、適当に迎えに行くよ」
結婚する前に通らないといけない道。
「て、適当?まぁいいや。なんか緊張する」
「お前の親父、俺のコト許してくれるかな?」珍しく緊張し強張る蓮の表情。
色々な理由があるにせよ、今まで自分がしてきたコトを振り返るととても許してはくれるような
状況ではない。
助手席に座る倫はそんな初めて見る蓮の表情に気づくと蓮の頬を人差し指で押した。
「痛っ。何?」
「大丈夫だよ。おばあちゃんは蓮くんのコト気に入ってみたいだし。大丈夫だよ。パパにも電話できちんと話してるし……」
「……」
「問題は私だよ」
「あーうちは家庭環境が複雑だし、お前を反対するわけがないだろ」
「……」
正直、お互いに不安だった。
昔付き合っていた彼女が自分の子供を産んでいて結婚するなんて。
昔付き合っていた彼氏に何の承諾もないまました出産したなんて。
彼女のコトを何も知らずに何をしていたのか?
なぜ、別れたのか?
きっとみんな知りたいし訊きたいと思う。
「蓮くんこうなったコト後悔してない?」倫は小さな声で訊いてみた。
「何、結婚?」蓮は真っ直ぐ前を向いたまま訊き返す。
「私が勝手に杏を産んで……もし、再会しなかったらこんなコトにはならなかったし、いきなりパパになるコトなかったでしょ?」
蓮は考える様子もなく「確かにそうかもな……」と言う。
そしてその言葉に「そうだよ……」傷つき納得した様子の倫の言葉を遮るようにまた口を開く「うそだよ。後悔してるわけないだろ?なんだよそれ。じゃぁ、倫は杏を産んだコト後悔してるの?」
「……してない。自分が決めたコトだし」強い口調で答える倫。
「今まで俺がしてきたコトは許されるコトじゃないから、大学ん時、俺と出会ったコトをお前に後悔してるって言われても納得がいくけど」
「後悔なんて」出会ったコトを後悔したコトなんて一度もない。
「こんな都合がいいコト言ったら勝手だと思われるかもしてないけど、あん時俺は、あの女と子供なんかどうでもよかった」
信号が赤に変わり車を止めた蓮は横を向き倫の目を見つめた。
前髪から覗く少しクールに見える蓮の瞳。そんな蓮に倫はドキッとする。
「俺にはお前しか見えてなかった。過去のせいで好きになった女とは絶対付き合えなかった俺を変えたのはお前ひとりだけ。お前だけは誰にも渡したくないって思った」
その言葉に倫の目から涙が溢れた。
「蓮くん」
「まさかお前の口からそんな言葉がでるなんて思わなかった。不安にさせてごめん、倫」
信号が青に変わり蓮はまた車を走らせる。
「私のほうこそごめん」
初めて電車で出会った軟派男の蓮。サイテーだと思っていた蓮をいつの間にか好きになってた。
無愛想でタイプじゃなかった倫。でも、いつも気になってしかたなかった。
初めて本気で人を好きになって自分のココロに起こった色々な感情。
でも、上手くいかなくて。
どうしようもなくて。
好きだって想う気持ち、それだけじゃない、愛してるって想うココロ。
諦められない、忘れられない。
でも、忘れなくちゃいけない、諦めなくちゃいけない。
苦しんで、自分に納得させて手放した。
でも、もう絶対離さない。
「倫…」蓮は倫の名前を呼び倫の手首をぎゅっと握りしめた。
「何?」
「もう絶対離さないから」
倫は蓮の手の上に左手をそっと置き、そして蓮の手をぎゅっと掴んだ。
「私も離さないから」
ずっと一緒に歩いて行こう。