無垢の子ども編(四)
金阿弥を側に置くようになってから、半年以上が経った。義宣は金阿弥を側に置いて離さなかった。時間ができた時は呼んで、とりとめのない話をし、菓子を与え、たまには金山のことや検地の話もした。
どんなにつまらない話でも、金阿弥は目を輝かせて義宣の話を聞いてくれた。初めて出会った時と同じ、澄み切った目で一心に見つめてくる。それが義宣は嬉しかった。
それだけではなく、金阿弥は勉強熱心で、義宣が話したことは一度聞いたら忘れずにいるようだった。義宣の言葉をまるで金科玉条のように思っている節も見受けられる。将来は政光や憲忠のようになるかもしれない。そう思うと、ますます金阿弥を離さなかった。
そのことを、譜代の連中はよく思っていないようだった。政光や憲忠たちが義宣に重用されればされるほど、譜代連中から冷たい目で見られていることは知っていた。それは金阿弥も同じだろう。それどころか、まだ幼い子どもだからこそ、あらぬ疑いをかけられているかもしれない。
まさか義宣の耳に入るとは思っていなかったのだろうが、浪人出身の者たちをよく思っていない連中が、尻奉公と陰口をたたいているのを聞いている。十を過ぎたばかりの子どもに、そのようなことはしない。だが、そんなことを言われてしまうほど、義宣は金阿弥を可愛がりすぎているということなのだろう。
金阿弥を連れて城内を歩いていると、一門の東義久とすれ違った。義久は廊下の端に寄り礼をしたが、頭を上げた時に金阿弥を見ていた。
「殿」
「何だ?」
振り向くと、義久は咎めるような目で義宣を見ていた。その目に腹が立った。
「随分と可愛がられているようですね」
「何のことだ?」
「有能な者を、身分にとらわれずに重用なさることは結構にございますが、少々度が過ぎるかと」
「何が言いたい?」
「譜代、一門から不満が出ております」
義久の目が金阿弥を睨んだように見えた。金阿弥は怯えたのか、ぎゅっと義宣の袖を握りしめてきた。
「分別が肝要にございます」
それだけ言うと、義久は再び礼をして去って行った。義久に言われたことは、言われずとも自分でも分かっていることだ。自分でも、これはおかしいと思っている。金阿弥を可愛がるにも度が過ぎていることは分かっている。だが、義久に言われると腹が立つ。中立を装って分別顔をして、一門、譜代のために義宣に忠告するのだ。
「殿」
立ち去る義久の背中をじっと睨みつける義宣の袖を、金阿弥が軽く引っ張った。心配そうに義宣を見上げる金阿弥を見て、少し怒りが和らいだ。
「気にするな」
そうは言ったものの、金阿弥はまだ何かを気にしているようで、部屋に戻っても浮かない顔のままだった。義久の言葉をまだ気にしているのだろうか。
「殿」
「どうした?」
「お聞きしたいことがあります」
「何だ?」
浮かない顔をした金阿弥が少しでも話しやすくなるように、なるべく優しく促してやったつもりだ。だが、金阿弥はためらうように視線をさまよわせ、ようやく口を開いた。
「何故、私をお側に置いてくださるのですか?」
「中務の言ったことを気にしているのか?」
一瞬、声が低くなったのが自分でも分かった。これはいけない、と思ったがもう遅かった。金阿弥は慌てて、いいえ、と必死に首を振った。
「以前から、一度お聞きしたいと思っていたのです。私は、まだ子どもで、内膳殿や半右衛門のように殿のお役に立ちたいのに、全然お役に立てなくて、それでも、殿は私をお側に置いてくださいます。とても嬉しいのですが、いつももどかしい気持ちになるのです」
「そんなことを気にしていたのか」
こくりと頷く金阿弥を見て、義宣は小さく笑ったが、金阿弥にとっては重要なことだったのだろう。周りからよく思われていなければ、尚更、何故、という気持ちは強まったに違いない。そんなこと、と言ったのは不適切だったな、と思った。
「金阿」
「はい」
「俺は、お前のそういうところが好きだから、側に置いているんだよ」
「そういうところ?」
「ああ。素直で正直で、純粋なところだ」
義宣の言葉に納得できないのか、金阿弥は首をかしげて、じっと義宣を見つめてきた。だから、そういうところが好きなんだ、と言いたくなったが、金阿弥には分からないだろう。
「お前は、初めて俺に会ったとき、恐らく随分練習をしてきたのだろうが、転んでしまっただろう? その時、お前は何も言い訳をせずに、ただ泣いた。その後も飾らずに、そのままのお前でいた。主膳はお前が失敗をしたと嘆いていたが、俺は、そういうお前が好ましいと思った」
子どもでも、自分の保身のためには嘘をつく。もしも譜代の家の子どもが義宣の前で転んだら、袴が悪いのだとか、普段はこんな失敗はしないだとか、言い訳をするだろう。だが、金阿弥は何の言い訳もせずに、ただ素直に泣いた。それが義宣には好ましく思えた。
「お前なら、偽りなく俺に接してくれると思った」
金阿弥は信じられると思った。義宣を義宣だと知りながらも、義宣に抱き上げられ、じっと見つめてきた真っ直ぐな瞳は、純粋で澄み切っていて、心の奥底まで見透かされそうな気持ちになった。だが、同時にこんなにも真っ直ぐに見つめられたことはなく、この幼い瞳は信じられると思った。
初めて義宣を見つめる目に出会ったのだ。純粋で無垢な子どもの目に惹かれた。期待した。義宣だけを見て、濁りも曇りもない眼差しで、ただ一心に義宣を慕って、忠誠を誓う存在を期待した。だから、側に置きたいと思った。
そして、側に置いて、義宣だけを見つめ、義宣だけを慕う存在にしようとしている。
さすがに、それを金阿弥に言うわけにはいかなかったが、このまま見つめられていると醜い心の奥底が覗かれそうな気がして、ごまかすように金阿弥の頭をぽんぽんと撫でた。
「それだけではない。金阿は俺のために努力してくれている。だから、側に置きたいんだ。いずれは内膳や半右衛門を超すかもしれないな。期待している」
「はい。早く大きくなって、殿のお役に立ちたいです」
「それは楽しみだ」
義宣の言葉ひとつで、心底嬉しそうににこりと笑う金阿弥は可愛い。側に置いて離したくなくなる。
義久の言う通りだ。分かっている。度が過ぎている。それでも、期待せずにはいられない。何も知らない子どもを側に置いて、ただ一途に義宣だけを慕うようになってほしかった。
変わらぬ純粋さと無垢な思いを、奇跡のような何かを、義宣は幼い子どもに期待していた。




