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インセイン  作者: 夏目泪
20/22

20

「そらのコンサートって知ってる?」

真田がある日の夕食の際に言い出した。

「気になってるイベントなんだけど、もし萌香がまだ行ったことないなら一緒に行ってみたいなって」

そういえばJRタワーの展望室でそんなイベントがあったな、と思い出し萌香が言う。

「知ってるけどまだ行ったことないの。明日香さんと行きたいな」

真田が笑って頷く。

次のコンサートはその話をした月の四週目の金曜日に開催されるということをネットで確認し、仕事後に札幌駅で待ち合わせることにする。


金曜日、当日。

札幌駅に付設している複合商業施設一階のコーヒーショップで萌香がコーヒーを飲みながら待っていると真田の姿がガラス越しに見えた。

自分を見つけた萌香に気づいて真田が軽く手を挙げるので萌香も手を挙げる。真田はそのままレジへ向かいコーヒーを注文して会計を済ませ、受け取ったカップを持って萌香の正面に座った。

「ごめん、待った?」

「ううん、まったり過ごしてたから大丈夫」

「コンサート、20時からだけど夜景も見たいから早めに行こうか」

「うん、そうだね」

開演までまだ余裕で一時間以上あるので、ひとまずコーヒーを楽しむことにする。

「こういうのっていいな」

萌香が言うと真田が首を傾げる。

「当たり前のカップルって感じで新鮮」

「だって、当たり前のカップルだよ、俺達」

真田が笑って答える。

「そうなんだけど。私にはすごく新鮮で幸せなの。当たり前の幸せなんて私には関係ないってずっと思っていたから」

柔らかく微笑みながら真田が答える。

「萌香が俺に飽きない限り、俺は離れないよ」

「飽きるなんて」

「コンサート終わったら、ゆっくり話そう」

なんだろう、改まって。萌香の怪訝そうな顔に真田は目で笑って見せるだけでそれ以上は言おうとしない。

「飲み終わったなら行こうか」

萌香は黙って頷く。

エレベーターで施設の6階まで登り、展望フロアの入り口で真田がチケットを二枚買い、一枚を萌香に渡す。

38階へ行くエレベーターの手前でチケットにスタンプをもらいエレベーターに乗り込む。緩やかに登るエレベーターは38階へ近付くにつれ照明が暗くなっていく。

エレベーターを降りて展望室に出た萌香は思わず声を上げそうになる。

夜景が際立つように最低限に落とされた照明の効果もあり、窓の向こうには銀砂を撒いたような札幌の夜景が一面に広がっていた。

真田を振り返ると柔らかく微笑んでいる。展望室はぐるりと周回出来るようになっているので腕を組んでゆっくりと夜景を見ながら歩くことにする。

途中まで歩いたところで置かれているピアノに気づいた萌香が言う。

「多分会場ってここだよね」

真田が頷く。タイミングよく壁際のソファが空いていたので二人並んで座りコンサートの開始を待つことにした。

他愛ない話をしているうちにピアノ周辺だけ照明が点けられ明るくなる。

「始まるみたいだね」

萌香の声に真田が頷く。

出演者はピアノとバリトン歌手の二名のみでピアノの演奏者が司会も兼ねるといういたってシンプルなコンサートのようだった。

ピアノ周辺だけが照らされて周辺が暗いままで札幌の夜景を背景としている為、少し幻想的な雰囲気が醸し出される。

演奏される曲は、曲名は知らなくてもどこかしらで聴いたことのある懐かしいものばかりで心地よい時間が流れる。コンサートは30分ほどであっという間に過ぎてしまった。


余韻に浸るようにうっとりしている萌香に真田が言う。

「ちょっと待ってて」

萌香はにっこりと頷く。

2、3分ほどで真田はワイングラスを2つ持って戻ってきた。

「お待たせ」

ワイングラスを1つ萌香に渡すと真田は改めて萌香の隣に座りなおす。

「さっきゆっくり話そうって言ったろ」

「うん」

「なぁ、萌香。ずっと考えていたんだけど」

真田の真面目な口調に萌香の胸が騒ぐ。

「一緒に暮らさないか」

「え」

予想外の言葉だった。

「今、実家暮らしだろ。基本的には安全だろうけど、いつ帰ってくるかわからないんじゃ俺が安心できない」

兄のことか。

「萌香だっていつあいつが帰ってくるかわからない状況じゃ落ち着かないだろ。ご両親にはちゃんと挨拶して一緒に暮らす許可をもらおう」

黙ったままの萌香に真田が不安そうに訊く。

「萌香、嫌か?」

「ううん、嬉しい」

萌香の目尻から流れた涙を真田が拭う。

「じゃ、乾杯」

グラスを合わせると視線で微笑み交わす。真田が萌香の肩に左腕を回すと、萌香は真田の体温に憩うように肩にもたれかかった。

銀砂を撒いたような夜の街、金の帯のような車のヘッドライト、宇宙船のように見える大倉山のジャンプ台。

幻想的な夜景を眺めながらグラスをゆっくりと傾ける時間はとても温かかった。


拙作をお読み下さりありがとうございます。

完結したつもりでしたがちょっとだけ続けてみることにしました。

お読みの上、ぜひ感想や評価をお寄せください。

よろしくお願いいたします。

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