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インセイン  作者: 夏目泪
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「明日香さん、ネクタイ曲がってる」

今日は萌香の両親に挨拶するために真田はスーツを着ている。そんな真田のネクタイを直し少し距離を取って全体をチェックする萌香を見て真田が笑う。

「なんかもう新婚さんみたいだな」

「やだ、もう」

萌香が顔を真っ赤にして真田の胸を軽く叩く。その手を取って真田が萌香を引き寄せるとぎゅっとハグをした。

真田の胸の中で彼のにおいに包まれる安堵感にしばらく萌香は無言のまま真田の胸に顔を埋めていた。

はっと我に返り真田の腕から抜け出ると萌香は真田を急かす。

「そろそろ出なきゃ遅れちゃうよ」

「ごめんごめん」

萌香の家には約束の時間の10分前に到着した。

「ちょっと待って、滅茶苦茶緊張してきた」

玄関前で真田が立ち止まり深呼吸をする。心なしか顔色が青ざめているようにも見える。

「大丈夫?」

手をぎゅっと握ると真田がぎこちなく笑ってみせた。

「さ、入ろうか」

萌香は頷き玄関のドアを開ける。

「ただいま」

パタパタと聞こえるスリッパの足音は母だ。

「あらあら、ようこそ。真田さんね?さ、上がってくださいな」

ぎくしゃくと音が聞こえそうなぎこちなさで真田がお辞儀をする。

「は、はじめまして。真田と申します。お邪魔いたします」

そんな真田を興味津々な様子で見ながら母は笑みを浮かべ応じる。

「はじめまして、萌香の母です。ここじゃなんですから、どうぞお上がりになって」

「はい、ありがとうございます。あ、これつまらないものですが」

事前に両親の好きな菓子を萌香が買って用意しておいたものを真田から母に渡す。

「あら、嬉しいわ。お夕食の後に頂きましょうね」

包装紙を見て中身を察した母が言う。

真田は脱いだ靴を揃えると母に先導されリビングへ向かう。萌香はその真田の後ろをついていった。

リビングでは明らかに緊張した様子の父がしゃちほこばってソファに座っていた。

そんな父に会って真田もさらに緊張したのか一瞬固まる。背後から萌香が援護射撃をする。

「お父さん、こちらが真田さん。真田さん、父です」

「お、お父さん、はじめまして。萌香さんとお付き合いさせていただいている真田と申します」

父は仏頂面で頷いて見せる。母がころころと笑いながら言う。

「お父さんたら、さっきまで緊張のし過ぎで本当に落ち着かなかったのよ」

「余計なことを言うな」

父が顔を赤くしながら言う。

そんなやり取りを見て真田も緊張がほぐれたのかやっと笑顔になった。

「さ、真田さん、座ってくださいな」

「ありがとうございます」

母がお茶を淹れる為に台所に行ったので萌香も手伝おうと後を追う。二人で取り残される父と真田が若干焦りを見せるがそれは見ないことにした。

母が薬缶を火にかけるので、萌香は急須と湯呑を用意する。母がくすくす笑いながら言う。

「お父さん、可愛いでしょ。萌香が男の人を連れてくるなんて初めてだから、もうお父さんたら動揺しちゃって」

「お父さん、真田さんのこと気に入ってくれるといいんだけど」

「心配ないわよ、いい人みたいだし。私はとっても好みよ」

「やだ、お母さんたら」

お茶を淹れるとリビングに戻る。父と真田は短い時間の間にお互い好きな野球チームが同じことを発見し意気投合していた。

「ほらね」

母が萌香にウィンクしてみせるので頷いて返す。

「さ、お茶を召し上がれ」

母に促され真田が茶碗を手に取る。

「いただきます」

母がにこにこと頷いて見せる。

真田はさきほどまでの緊張に青ざめていた表情が嘘のように落ち着いている。

「早速ですが、お父さん、お母さん」

改まった口調に両親が居住まいをただす。萌香も真田の隣に座る。

「萌香さんとは結婚を前提にお付き合いさせていただいています」

思いがけない言葉に萌香は頭が真っ白になる。そこまで考えてくれていたなんて。

「萌香、そうなのか」

父に問われ萌香は言葉が出ず必死に頷く。

「結婚前にお互いの生活習慣のすり合わせと言いますか、結婚の準備の為に近いうちに同棲をさせて頂きたいんです」

先ほどの言葉ですでに先を読んでいたのか、両親はさほど戸惑った様子は見せない。

「いいんじゃない?お母さんは賛成よ」

「ちょっと、母さん、待ちなさい」

母の言葉に父が慌てる。

「お父さん、私も真田さんと家族になる為に準備をしたい」

萌香は思い切って口を開く。

「だから、お願い。出来るだけ早いうちに真田さんと一緒に暮させて」

「しかしなぁ、結婚前の男女が一緒に住むなんて」

「お父さんは頭が古いんですよ。結婚してからこんなはずじゃなかったとか後悔しないように、それこそ生活習慣の違いとか色々すり合わせてから結婚したほうがいいと思うわ」

「そうだなぁ...」

苦い顔の父に真田ががばっと頭を下げる。

「お願いします!」

しばらく父は黙って真田を見ていたが、やっと頷いてみせた。

「萌香を頼みますよ」

「ありがとうございます」

「お父さん、ありがとう」

萌香が思わず涙ぐむと真田がそれをそっと拭う。それを見ていた母が言う。

「たまには二人でごはんを食べにおいでなさいね」

「はい」

真田と萌香の声が揃い、二人は思わずくすりと笑う。

「さて、一緒にお夕飯食べていくでしょ。萌香手伝って」

「はい」

「真田さんはお父さんとゆっくり野球の話でもしていてくださいな」

「自分も手伝います」

「真田さんは不器用だからダメ」

萌香が言うと苦笑いして真田が頷く。


台所で萌香がじゃが芋の皮を剝いていると母が葱を切りながら言う。

「いい人みたいね」

「うん。とっても」

「あらあら。のろけかしら」

じゃが芋が萌香の手から逃げる。

「ちょっとお母さん、変なこと言わないでよ」

顔を真っ赤にした萌香を母がにっこりと笑って見ながら言う。

「幸せになるのよ」

「...ありがとう」

その後二人は黙々と夕食の支度を続けた。


その日のメニューはホッケの開き、肉じゃが、きんぴらごぼう、若布と胡瓜の酢の物、葱と若布のお味噌汁に白いごはんというとてもオーソドックスな家庭的な料理だった。

「せっかく真田君が来てくれたんだから、もうちょっと奮発してもよかったんじゃないか」

父が言うと真田が答える。

「いえ、普段はコンビニ弁当やスーパーの惣菜とかばっかりで家庭の味に餓えているので有難いです」

そういうと母が満足げに頷く。

「この魚、なんですか」

真田が母に訊く。

「ホッケよ。あら、真田さん、ホッケを知らないの?」

「お母さん、内地ではホッケってメジャーじゃないから」

「え、ナイチ?」

さらに真田が混乱した様子を見せると父が答える。

「北海道ではね、本州のことを内地というんだよ。内側の内に地面の地で内地だ」

「あー、そうなんですね」

「さ、冷めないうちに食べましょ」

母に促され全員で「いただきます」を唱和すると早速真田がホッケに手を付ける。

「脂がのってて美味しいですね!」

母がにこにこと頷く。その後も真田の食べっぷりの良さに母はホクホク顔だった。


「ご馳走様でした!」

真田が言うと母が「お粗末様でした」と応じる。

全員が食べ終わったのを確認して萌香が食器を下げると真田がそれを手伝う。

母はお茶を淹れる為に薬缶を火にかけ真田のお土産を開封した。

「お母さん、緑茶じゃなくて紅茶にしよ」

「そうね。バターサンドだったら緑茶よりも紅茶のほうが合うわね」

紅茶を淹れバターサンドをお皿に盛ってリビングに戻り、ゆっくりと食後のデザートを楽しむ。とても和やかな時間だった。

紅茶を飲みほし真田が言う。

「そろそろお(いとま)しなきゃ」

「あら、もうそんな時間なのね。またいらっしゃいね」

「はい、ありがとうございます。ご飯、本当に美味しかったです」

真田の言葉に母の顔が笑み崩れる。玄関まで両親は真田を送りに出てきた。

「それでは、おやすみなさい」

真田がお辞儀をするので両親もそれに応じる。真田は萌香に目顔で笑って見せると帰って行った。

拙作をお読み下さりありがとうございます。

励みになりますので、ぜひ感想や評価をお寄せください。

よろしくお願いいたします。

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