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インセイン  作者: 夏目泪
12/22

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萌香が職場に復帰して二週間はあっという間にばたばたと過ぎていった。約二ヶ月のブランクも四年の経験の積み重ねですぐに埋めることが出来た。

「どう?萌、仕事は」

「うん、ペースはもう大体掴めたかな」

「そか、よかったよかった」

岡村と去年の夏訪れたカフェでまたチーズケーキとコーヒーをお供に雑談を楽しむ。

「そういえば萌、真田さんには連絡したの?」

「う」

「まだか」

「...うん」

「まぁ、気持ちは分からなくもないけど」

「妙は明日香さんと連絡取ったりしてるの?」

「一応ね、あんたの生存報告はしておいた」

「そか。ありがとう」

「真田さん、喜んでたよ。それにしてもさ、坂下が真田さんと鉢合わせしたときなんか、どうしようかと思ったよね」

「せっかく気遣ってくれたのに活かせなくてごめん」

「ま、あんたが誤魔化せるとは思っていなかったから」

「なによ、それ」

「あんた、嘘つくの下手だもん。あ、そうそう。坂下にはきつくお灸すえといた。おまけで一発ぶん殴っておいたから安心しな」

どこに安心する要素があるのかよくわからないが一応礼を言う。

「あ、ありがと」

「ちなみにあの後駐禁取られたみたい。ざまーみろ」

つくづく敵に回したくないと感じさせる女だ。

「それにしてもさ、また結局女二人でクリスマス過ごすことになるとはねぇ」

「そだね」

クリスマスはもう再来週だ。

「あんた、今は実家でしょ?家族で過ごすの?」

「うーん、多分。なんならうち来る?」

「え、いいの?」

「大丈夫大丈夫。うちのお母さん料理絶対作りすぎるから」

「じゃ、お言葉に甘えちゃおうかな」

「シフトは?」

「去年と同じ。24日が早番で25日が遅番」

「私もだ」

顔を見合わせて思わず笑う。

「じゃ、去年と同じく休憩室待ち合わせね」

萌香が言うと岡村は頷いて真面目な顔になる。

「萌」

「え、何」

「ローストチキンが食べたいです」

萌香は思わずコーヒーを吹きそうになったがぎりぎりで持ち堪えた。


クリスマス、当日。

「萌香がお友達連れてくるなんて、社会人になってからはじめてねぇ」

岡村の挨拶に応えながら母が言う。

「さ、上がって下さいな」

「ありがとうございます。お邪魔します」

折り目正しく挨拶する岡村がおかしくて、つい萌香は顔がにやける。

キッチンからは香ばしく美味しそうな匂いが漂ってきていて、二人同時に腹が鳴る。

「まぁ、二人ともお腹空いてるのね。たくさん食べるのよ」

苦笑いしながら岡村と萌香は頷く。

二人は一旦コートやバッグなどを置く為に萌香の部屋へ移動した。

「へー、意外。インテリア青くないんだ」

部屋を見回して岡村が言う。

「うん、ここはお母さんがほとんど揃えたから」

ファブリックは白と淡いピンクを基調としたもので調えられており、以前見た萌香の部屋とは全く印象が違った。

「いつの間にか掃除とかしてくれちゃって、過保護なんだ」

「あー、わかる。結局いくつになっても親からしたら子どもだからね」


リビングへ行くとテーブルには大きなローストチキンが鎮座してその周囲にベイクドポテトが並んでいた。それを見た岡村の目が輝く。

ローストチキンの他には母が生地から作ったピザ、シーザーサラダ、ミネストローネなどが所狭しと置かれている。

既に席に着いている父が満足げに笑いながら岡村と萌香に座るよう促す。

「メリークリスマス!」

父が言うとそれに続いて萌香達もメリークリスマスを唱和する。別にクリスチャンなわけではないが、海外の習慣でもそれを楽しいイベントとして取り込むのが日本人の特技だ。

ローストチキンを父が切り分けている間に母はピザを切り各自の皿にのせていく。

客を迎えてのクリスマスは初めてだったのでよほど嬉しかったのか、やたらと父がオヤジギャグを頻発するのには閉口したが和やかに食事は進んだ。

最後にケーキを食べパーティはお開きとなった。

「本当に美味しかったです。ご馳走様でした」

「あら、嬉しいわ。またいらっしゃいね」

「ありがとうございます」

また折り目正しく挨拶する岡村を見て萌香は笑いを堪えながら玄関先まで岡村を送った。

「じゃ、また明日」

岡村が手を振るのでそれに応える。

「うん、気をつけて帰ってね」


「あの子、いい食べっぷりだったわねぇ。作り甲斐があったわぁ」

「礼儀正しくていい娘さんじゃないか」

両親は岡村をべた褒めしている。普段の彼女を知らないのだから無理もない。

「うん、本当にいい友達だよ」

これは本音だ。

「あんた、自分のことあまり話さないから心配してたけど、いいお友達がいてよかった。お母さん安心したわ」

そうか。自分を知られるのが怖くて色んなことを黙っていたけれど、返ってそれが心配をかけていたのかと気付く。

「お母さん」

「何?」

「ありがとう」

「なによ、いきなり」

「なんでもない」

両親に笑いかけて自室へ戻る。


「どうしてだろ」

急に目頭が熱くなる。

「どうして言えなかったんだろ」

こんなにも愛してくれている両親にあの時何故助けを求めなかったのだろう。

いい子でいたかったから。冷静な自分が囁く。

兄に汚された自分なんて愛してもらえなくなるんじゃないかと怖かった。でももう、今更こんなことを両親には言えない。取り返しなどつかないのだから。

その夜、萌香は夢を見た。温かい海の中でゆったりと漂っている夢だった。

拙作をお読み下さりありがとうございます。

励みになりますので、ぜひ感想や評価をお寄せください。

よろしくお願いいたします。

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