第十四章 漆黒のバイコーン
「飯美味かったよ。ありがとな、ミリタリナ」
「いえいえ、美味しそうに食べてくれただけでも嬉しいです」
食事が終わり、机の上にコーヒーが入ったコップを置く。
「そういえば、スズハとシャルロットはどうしてるんだ?結局戻ってこなかったけど」
スズハはシャルロットを視界に入れた瞬間剣を抜いて逃げたシャルロットを追う為に寮を出ていった。
シャルロットはシャルロットで夕食には戻ると言っていたが、既に食事は済んでいる。
美沙希は、そんな二人が心配で仕方が無かった。
「・・・・・・ちょっと探してくる。もう外暗いんだし、心配だ」
「あ、なら私も付いていきます。一人は危ないですし」
美沙希とミリタリナは上着を羽織り、寮を出た。
朝には無かった光景に少し、いや、かなり驚く。
寮の前にある砂道に、深く削られた跡が無数に付いていた。
一個一個が線の様に細く、まるで地面を切り付けたようだ。
「・・・・・・スズハですね。何をやっているのやら・・・・・・」
「シャルロット、生きてるのか?」
「いや、生きていなければ問題事ですよ。早く二人を見つけましょう」
ミリタリナは手の平を魔力で覆い、その手を口に含めて笛を吹く。
暗闇に響く口笛は大きな風を呼び、同時に魔法陣を描く。
展開した魔法陣から現れたのは、蒼色の粒子を纏った白馬、ユニコーンだ。
「私の召喚獣です。名はサザレといいます」
ミリタリナに名を呼ばれると、サザレは軽く喉で鳴く。
同時に粒子がサザレの背中に集まり、弾ける。
そこには乗馬で使われる器具が装着されていた。乗れという意味だろうか。
ミリタリナは上着を脱ぎ、素早くサザレの背中に乗って綱を握る。
「さ、ミサキも乗ってください」
「あ、ああ」
美沙希はミリタリナの手を取り、サザレの背中に跨る。
「では、行きますよ」
ミリタリナが馬の脇腹を軽く蹴る。それを合図にサザレが大地を駆ける。
「サザレ、シルフィールド発動です」
ミリタリナが言うと、サザレの身体を覆う蒼色の粒子がユニコーン最大の特徴、頭部の角へと集まる。
球体状になった粒子の集まりを、サザレは角で突く。
すると、粒子は爆発、螺旋を描いてミリタリナ達の身体を覆う。
「うわっ!?」
凄まじい風の勢いで、美沙希はサザレから落ちかける。
「ちゃんと掴まっててください。絶対に振り落とされないで!」
「わ、わかった」
美沙希はミリタリナの肩を掴む。
「ちゃんと掴んでください!腰に手を回して!」
「は、はいっ」
鬼気迫るミリタリナの声に怯えながら、恐る恐る美沙希はミリタリナの腰に手を回す。
ミリタリナは身体を捩り、背筋を伸ばす。
「そこ、胸・・・・・・」
「何!?なんだって!?」
強風がミリタリナの声を掻き消す。
「も、もう・・・・・・しっかり掴まっててくださいよっ!?」
綱を引き、スピードを上げていく。
サザレの発動した魔術、シルフィールドの効果で更に加速していく。
その姿は、夜を駆ける流星の様だった。
◆◇◆◇◆◇◆
「ま、まだ追いかけてるんですか、スズハは・・・・・・」
「シャルロットも、よく逃げ続けてられるよな・・・・・・」
スズハとシャルロットはすぐに見つかった。
見つかった時には、まだスズハは剣を振り回し、シャルロットはその剣を避けながら走っていた。
スズハとシャルロットが寮を飛び出してから約二時間、その間走り続けていたのだ。とんでもない体力だ。騎士団長と自衛隊所属の人間は、ここまで鍛えられているのだろうか。
美沙希は、心底恐ろしかった。
「お、おい、もう喧嘩はやめ――――――」
美沙希がサザレから降り、スズハとシャルロットの元へと駆け出す。
その時、地震の様な揺れが起きた。
「うわっ!?」
足元が揺れ、その場に倒れ込んでしまう。
「ミサキ、頭を下げてッ!!」
後ろからミリタリナが叫ぶ。
言われるがまま、頭を下げて屈む。
「ゴアアアアアアアッ!!」
獣の様な咆哮が響く。
「スズハ、シャルロット、下がってくださいッ!!」
ミリタリナが腰の剣を抜き、サザレから降りる。
「戻りなさい」
サザレの頭を撫でると、主の命により、蒼色の粒子となって消えた。
「あれはバイコーン、体内魔力が暴走してしまっています」
美沙希は軽く頭を上げて前方に視線を送る。
そこには、白色の毛――――ではなく、漆黒の毛に包まれた二角獣がいた。
「な、なんで黒色なんだ?普通って白色じゃないのか?」
「元々の体毛は白色です。が、バイコーンはユニコーンと対を為す存在、そのバイコーンが暴走すると体毛が黒色に変色して、気性が荒くなります」
暗闇に紛れる様な身体を持つ目の前のバイコーンは、瞳を真紅に染めて地面を蹴る。
ミリタリナのユニコーン、サザレの蒼色の粒子とは正反対、紅色の粒子を纏って突進してくる。
「――――――――ふんッ!」
俺とバイコーンの間に入ったスズハが、バイコーンの突進を両手で受け止める。
腕と脚の関節をクッションの様に曲げ、突進の勢いをブースターの様に肘から噴出して殺す。
緻密な魔力コントロールからなる離れ業だ。
「っと・・・・・・かなりの暴れ馬だな」
バイコーンは前足と後ろ足を伸ばして押し返し、スズハは全身から魔力を放出して動きを抑える。
スズハはバイコーンと睨み合い、強い風が吹く。
それと同時に、スズハの足が崩れた。
「くっ―――――――」
「いけません、魔力が枯渇し始めています」
「魔力枯渇って―――――」
そこで美沙希は思い出す。
スズハは無理矢理器を同調させている。その結果、体内の魔力は僅かしか残らなかった。
その魔力を放出してバイコーンを止めたのだ、既に枯渇寸前だろう。
それでも魔力を放出し続けるスズハの足に異変が起こる。
「―――――――ぐっ!?」
足が痙攣し始めたのだ。
力が抜けていき、バイコーンの巨体を抑えれなくなってきている。
「や、やべえ、助けないと―――――――」
美沙希は、スズハの元へと駆け出す。
こんな非力な自分でも、何かできる事があるのではないのか、そう考えた美沙希はスズハの腰を支えた。
「ミサキッ!?」
そして、美沙希は全身から魔力を放出、スズハがしたように、ブースターをイメージして魔力を形成する。
「スズハ、押し返せ・・・・・・ッ!」
「い、言われずとも―――――はああぁッ!!」
美沙希が放出する魔力の力に乗せて、スズハは角を押し返す。
結果、バイコーンを数メートル先まで吹き飛ばした。
「よしっ!」
「・・・・・・いや、まだだ」
吹き飛ばされた漆黒のバイコーンはすぐに立ち上がり、紅色の粒子を竜巻の様に荒れ狂わせる。
そして、二本角の間に凝縮し、放つ。
「―――――――逃げろミサキッ!!」
スズハが美沙希を突き飛ばす。
同時に、美沙希とスズハの前に影が現れる。
「―――――――パニッシュ」
影の正体はミリタリナだった。
放たれた紅色の粒子目掛けて、剣を振りかざす。
すると、粒子は霧散した。
斬られたのだ、ミリタリナの剣によって。
「シャルロット、スズハの手当をしてください。できますよね?」
「ハ、ハイ、わかったデス」
シャルロットはスズハの元でポーチを広げる。
ポーチからガーゼ、消毒液、包帯等を取り出す。
スズハの足は、赤黒く腫れていた。バイコーンの角を抑えた時、大きな負荷が掛かったのだろう。
魔力枯渇寸前まで放出し、倒れ込んだスズハはもう立てない。
「ミサキ、貴方は魔力量がとてつもなく多い。バイコーンを脅す事が出来るかもしれません」
ミリタリナは、剣を収めて美沙希のそう言う。
「バイコーンには上下関係というのが存在します。魔力量が多く、強い者に服従する。ここで貴方の力を見せつけてください」
「成功すれば、助かるんだな?」
「はい」
「・・・・・・・・・よし」
美沙希は立ち上がり、バイコーンに向かって歩き出す。
魔力を放出し続け、威圧するように。
バイコーンはそれを気にする事無く、美沙希目掛けて駆け出す。
紅色の粒子をブースターの様に放出し続け、二本角を美沙希の腹へと向ける。
バイコーンの角が美沙希の腹に刺さる直前、美沙希は持てる魔力全て、全力で放出する。
美沙希の魔力を感知したバイコーンは、動きを止める。
威圧感を具現化したかの様な、殺気の混じった魔力を見て怯えるバイコーン。
美沙希は、バイコーンの頭を撫でた。
それを拒む事無く、バイコーンは目を閉じ、受け入れる。
「・・・・・・・・・成功、か?」
「・・・・・・そのようですね」
漆黒のバイコーンは足を折り、その場に座り込む。
(なんだ、意外と可愛らしいやつじゃんか)
美沙希は何の気無しに角に触れる。
すると、漆黒のバイコーンは紅色の粒子となって霧散した。
「な、なんだ・・・・・?―――――痛ッ」
一瞬、右胸辺りに痛みを感じ、服を押さえる。
(今度はなんだ―――――――!)
美沙希はシャツのボタンを取り、自身の右胸辺りを見る。
そこには、紅色の軌跡で描かれた魔法陣が書かれていた。
ジリジリ焼ける様な痛みを感じながら、美沙希はシャツのボタンを留める。
「・・・・・・契約したんですね、バイコーンと」
後ろからミリタリナが近寄る。その目は少しばかり悲しげだ。
「契約って、なんだよ?」
「契約とは、魔力の繋がりを得る事。つまり、先程のバイコーンと貴方は契約し、繋がった。と言う事です」
「繋がったって、どういう―――――――」
「先程のバイコーンは、貴方の召喚獣になったんです。本当は、このような事にはならない方がいいんですけれど・・・・・・貴方は迷い人、魔力の使い方も断片的にしか覚えていない。召喚獣との契約により、普段より魔術について関わる事になってしまった」
ミリタリナは、スズハの元へと向かい、シャルロットと一緒にスズハを肩に背負う。
「帰りましょう。もう夜遅い、寮に帰って寝ますよ」
三人は、寮の方向に向かって歩き始める。
「あ、俺も手伝うって」
美沙希は三人の元へと駆け出し、痛む右胸を押さえて寮へと続く帰路に付いた。