第十二章 魔術会
美沙希は、日が登る前に目が覚めた。
涙で乾いた目を擦り、ベットから降りる。
着ていたロングコートなる制服を脱ぎ捨て、部屋を出る。
階段を下り、リビングへと入る。
静かな空気が漂うリビングの机には、ラップ(?)で包まれた皿が数個置いてあった。
「要らないって、言ったのに・・・・・・」
美沙希は、落ち着いた頭で前日の事を思い出す。
寝る前、ミリタリナに怒鳴ってしまったのだ。
酷い事を言ってしまった、美沙希はそう反省しながら椅子へ座る。
暗い部屋一人、電気も付けず、食事を始める。
カチャカチャと食器と箸がぶつかる音を立てる。
すると、リビングの扉が勢い良く開かれる。
「誰だッ!!」
「うえぇ!?」
誰かが部屋に入ってきたかと思うと、そこには寝巻きの状態で剣を持って鬼の形相を浮かべたスズハがいた。
美沙希の顔を見て剣を下ろすが、鬼の形相は収まっていない。
「・・・・・・ミサキか。ここで何をしている」
「め、飯食べてる・・・・・・」
「要らないと、叫んでいた気がするんだが?」
「それは、その・・・・・・ごめんなさい」
「謝るのなら、エリナが先だろう。悪いと思っているのならな」
「はい・・・・・・」
今回は美沙希が全面的に悪い。それは本人も自覚している。
だからこそ、罪悪感も芽生えてくるものだ。
「食事の時位電気を付けろ。貧乏人かお前は」
「元の世界では貧乏人だったよ」
笑い交じりに美沙希は言葉を吐き出す。
スズハは美沙希の隣に腰掛け、剣を机に置く。
「そういえば、お前が現存世界で何をしていたか、ハッキリと聞いていないな。今聞いてもいいか?」
「まあ、誰かに言う事じゃないから黙ってたけど、黙っておく事でもないんだよな」
美沙希は箸を置き、背もたれに背を付ける。
「その、言いにくいんだけどさ。俺、親を殺されたんだよ。子供の頃、誘拐されて、その時守ってくれたんだ。両親はその時死んじまったし、俺は結局誘拐されたんだけど、その誘拐した犯人、両親を殺した犯人が今でも憎くて、人殺しの技術を磨いたんだ。その犯人を殺す為に」
「その犯人は、どうなったんだ?」
「見つかってない。まだ逃げてるんじゃないかな。もう何年も前の事だし、相手も俺の顔を忘れてるかもしれない」
「それでも、その犯人の事を殺したいと、今でも思っているのか?」
「ああ。だから、俺は暗殺者集団の一人になった」
「暗殺者集団?」
「依頼を受ければ誰でも殺す、人殺しの集まりだよ」
机の剣を手に取り、苦笑いする。
「こういう目立つ武器は使わないけど、手段は選ばず、ターゲットを殺してた」
「お前は、目的とは関係無い者の命を奪っていたのか?」
「それは違う」
美沙希はコップの水を飲み干し、一息つく。
「俺の所属してた暗殺者集団は、受ける依頼を一つに限ってる。その決められたルール内での暗殺は、許容してるってだけだ」
「その、ルールというのは?」
「誘拐、拉致監禁をした、又は現在進行形で行っている政治関係の人物しか殺さない。これが、俺の所属してた暗殺者集団『O』の掟」
「・・・・・・・・・」
スズハは黙り込み、ただ美沙希の横顔を見つめるだけ。
美沙希は、そんなスズハの視線に気付かない。
「強く、なりたいのか」
「なりたいね。学園長にボコボコにされたし」
「また、あの人は・・・・・・」
スズハは額を押さえて項垂れる。
過去にも同じ様な事があったように聞こえるが、美沙希は気にする事無く食事を再開する。
冷めても美味しい食事を作ってくれた、ミリタリナに謝罪と感謝を言おうと決める美沙希。
「私が鍛えてやろう。何、厳しくするつもりはない。基礎を教えて、実戦に使えるまでに育てるだけだ」
「お、お手柔らかに・・・・・・」
美沙希はスズハの提案を拒否する事無く、受け入れた。
美沙希は、この世界での生き方、魔術の酷使を覚えるのだ。
現存世界に戻るのを諦めた訳では無い。
今だけはこの世界に甘えていよう、そう考える美沙希だった。
◆◇◆◇◆◇◆
食事を済ませ、机の上に水晶玉を置く。
既に日が昇り、部屋を日光が照らし出す。
「まず、お前の魔力量を測る所から始める。魔力放出の方法は知っているな?」
「いや、習ってないぞ」
「昨日の授業で言っていただろう・・・・・・魔力放出は基本中の基本。イメージは人其々《ひとそれぞれ》だと」
「言ってた、かな?」
「・・・・・・とにかく、魔力量を測らない事には始まらない。この水晶玉に手を翳して魔力を放出しろ」
(放出しろって言われても、どうすればいいんだよ・・・・・・あ)
美沙希は、射撃場での事を思い出す。
銃弾に炎を纏わせて撃った出来事が鮮明に蘇る。
あの時は、ただ銃弾が燃えるとイメージをした。
だから美沙希は魔力放出を、全身から煙が出るというイメージを頭の中で想像する。
美沙希は水晶玉に手を置き、全身から魔力を放出する。
「・・・・・・ふっ!」
短く息を吐き、腕に力を入れる。
水晶玉の色が変わり、虹色に輝く。
美沙希は、魔力を放出し続け、水晶玉を見つめる。
魔力を放出する度に水晶玉の色が揺らぎ、変色していく。
それを見て、美沙希は更に魔力を放出する。
限界に達する勢いで魔力を全身から放出する美沙希を見て、スズハは顔を顰める。
「ミサキ、もういいぞ」
「お、おう」
美沙希は水晶玉から手を離す。
が、水晶玉は無色透明には戻らず、輝きが増していく。
「ミサキ、伏せろッ!!」
「え――――――むぐぅ!?」
スズハが美沙希を押し倒し、顔を覆い隠す。
次の瞬間、水晶玉にヒビが入り、爆発した。
飛び散る破片から美沙希を守るスズハは、強く美沙希の頭を抱く。
爆発が収まり、部屋中を見渡す。
「か、片付けが大変だな・・・・・・これは」
「んむー!むー!」
「ん?」
スズハの下敷きになっている美沙希は、スズハの胸で顔を塞がれていた。
息が出来ず、スズハの背中を何度も叩く。
「す、すまん。今――――――」
退くから待て、そうスズハが言おうとした時、リビングの扉が開く。
「今の爆発音は何です、か・・・・・・?」
「今凄い音聞こえなかった―――――って、ええっ!?」
「あらぁ、スズハったら、肉食系だったのぉ?」
「ミサキ、やっぱ胸なんだ」
「おはよー、みんな今日は早いけどどうし・・・・・・た、の?」
ベストタイミングである。
水晶玉の爆発音で目が覚めたミリタリナ達が、一斉にリビングに下りてきたのだ。
同じタイミングで毎朝、朝食を作りに来るヒスイまでもが美沙希とスズハを目撃する。
「ん、んー!!」
息が出来ない美沙希は、スズハの胸の中で悶える。
「あ、暴れるなっ。くすぐったいだろう!?」
スズハは美沙希から離れ、自分の胸を抱くようにして腕を組む。
「あー、死ぬかと思った・・・・・・あ、お、おはよう」
美沙希は苦笑いでミリタリナ達に挨拶をする。
が、誰も笑顔を返さず、イスズが先陣切って口を開く。
「覚悟、出来てるよね?」
「・・・・・・・・・はい」
美沙希は静かに目を瞑る。
直後、謎の衝撃×5が美沙希の身体を襲う。
「いっでぇぇぇええええええッ!!?」
身体が吹き飛び、壁に背を強く打ち付ける。
(意味が、わからないッ!)
美沙希は、そう考えるだけで口には出さない。いや、正確には口に出せない。
何故なら、背中を打ち付けた瞬間、気を失ったからだ。
◆◇◆◇◆◇◆
「いってぇ・・・・・・」
打撲の様な痛みを全身に負った美沙希は、重い体に鞭を打ち、学園に向かって歩く。
全員美沙希の前を歩き、目を合わせようとしない。
スズハはチラチラと美沙希を見るが、目が合った瞬間、顔を赤くして前を向いてしまう始末。
早速ぼっちになった美沙希は、腰に手を置いてため息をつく。
そこで気付く。
「あれ、銃が・・・・・・あ、昨日忘れたんだ」
前日学園長に敗れ、部屋にUSPを二丁とも置いていってしまったのだ。
ナイフも無い、近接戦が出来ない状態だった。
唯一持てる武器は、チェイ・タックM200インターベンションただ一つだった。
魔術は全然使えないし、今襲われたら反撃のしようがない。
この世界ではそんな物騒な事は起きないだろうが、妙に落ち着かない美沙希。
常に気を張って生活していた美沙希には、平和すぎるのだ。
だが、美沙希はそんな平和すぎる異世界に、甘えると決めた。
とことん甘えて、元の世界に戻る方法をゆっくりと探す。
これが、美沙希が考えた生き方だ。
「それでは、私達は教室に行きます。また昼食の時に集まりましょう。もう道に迷わないでくださいね、ミサキ」
「あ、ああ」
「じゃ、ミサキお昼にね~!」
「ルカ、廊下を走っちゃダメですよ~。ミサキさん、また後で会いましょうね」
「んじゃ、またねー」
ミリタリナ達は各教室に向かい、校舎前で別れる。
美沙希とスズハの二人きりになり、空気は気まずくなる。
「えっと、教室行こうぜ」
「あ、ああ」
「・・・・・・もう、忘れていいから。事故だったんだし」
「そ、そんなもんか」
「そんなもんだ」
(実際はそんなもんじゃ済まない気がするが、まあいいや)
「スズハ、俺ちょっと寄ってく場所があるから、先行っててくれ」
「何処へ行くんだ?」
「学園長の所。忘れ物しちゃってさ」
「・・・・・・わかった。早めにな。先生には私から言っておく」
「おう、ありがとな」
美沙希はスズハに背を向け、奥まで続く廊下を走る。
学園長室は長い廊下の奥にあり、非常に行きづらい場所である。
白く磨かれた廊下を走り抜け、木製の扉を開く。
「アコ、いるか?」
「・・・・・・ん?ああ、ミサキ君」
幼女体型のアコではなく、スーツを着て大人びたアコがデスクの上で書類を整理していた。
「入る前にちゃんとノックしないと駄目よ、ミサキ君」
「す、すいません」
「別に敬語じゃなくていいのに・・・・・・で、何の用?」
「昨日銃を忘れたから、取りに来たんだ」
そう言うと、アコは引き出しから黒と白のUSPを取り出す。
それと、前日グニャグニャにされたナイフが、新品同様の輝きを持ってデスクの上に置かれた。
「昨日はごめんね。言い過ぎちゃった。こんなんで許されるとは思ってないけど、ナイフは元に戻しておいた」
銃二丁とナイフを持って扉の前に立つ美沙希の元へと歩くアコ。
「はい、制服上げて」
「あ、ああ」
美沙希は言われるがまま、ロングコートの様な制服の裾を上げる。
すると、アコは正面から抱きつく様にして美沙希の腰を支える。
「え、ちょ―――――」
「じっとして、ね?」
美沙希はアコの一言で黙らされ、固く口を閉じる。
アコはガンポーチベルトへUSPとナイフを収め、制服の内ポケットへと手を伸ばす。
その際、白のスーツをはち切れんばかりに持ち上げる胸が、美沙希の胸板に当たる。
美沙希は頭の中で般若心経を唱え、煩悩を殺す。
「鼻息、荒いよ?」
「誰のせいだよ・・・・・・ッ!」
「ミサキ君は、年上が好きなのかな?」
「なんでそうなるっ!?」
「だって、ほら」
アコはミサキを扉に押し付け、顔を寄せる。
「顔、真っ赤にしちゃってるし。可愛い顔しちゃって・・・・・・」
「ちょ、寄んな・・・・・・!」
顔を近づけて来るアコは、鼻が触れ合う位まで顔を寄せる。
身体も同時に押し付けてくるが、美沙希は軽くパニックになってそんな事考えていられない。
美沙希とアコの間で形を変える大きな胸が擦れる度に美沙希の顔が赤くなっていく。
徐々に美沙希の唇に、アコの唇が近づいてくる。
美沙希は抵抗せず、唇が触れるのを待つ。
アコの息が掛かる度、美沙希の心臓は破裂する勢いで鼓動を刻む。
「・・・・・・・・・ふふっ、緊張しすぎだって」
アコは身体を離し、美沙希の肩をポンポンと叩く。
「冗談だから、気にしないで」
「えっ・・・・・・」
「君を試しただけだよ。本当に、人間性が無いのかなって思って。でも、君には人間性があるよ。私なんかで顔赤くしちゃうんだもん」
「俺で遊んだのかよ・・・・・・」
「遊んだんじゃないよ。知りたかっただけ」
アコは美沙希の頭を撫で、目を細める。
「君は、ちゃんとした、人間だよ」
「興奮したから、とか言うなよ?」
「え、興奮したの?嬉しい事言うね」
「そ、そりゃあ・・・・・・か、身体押し付けられたら誰でも・・・・・・」
「誰でもって、他にも興奮する男いるの?」
「アンタ、無自覚かよ・・・・・・」
美沙希は心底呆れた。
目の前でとぼけた顔をするアコに、美沙希は手を伸ばし、撫で返す。
「アンタ、美人で綺麗なんだから。自信持っても良いと思うぞ。何で自信が無いのかこっちが聞きたいくらいだ」
そう言うと、アコは顔を赤く染める。
胸の前で手を握り、足をモジモジする。
「そ、そうかな?ご、合コンとかでもイケそうかな?」
この世界に合コンが存在するのか、美沙希は新たな事を知った。
「アコ、お前何歳だよ・・・・・・」
「え、二十代前半だけど」
「若ッ!!」
「ああもう、恥ずかしいなあ!生徒は授業受けてこーい!」
「どわあっ!?」
アコは美沙希の胸をドンッと押し、扉に叩きつける。
「それと、先生から報告があるからちゃんと教室にいなきゃダメっ。早くいったいった!」
「あ、はい。失礼しましたっ!」
美沙希は急かされ、学園長室を出た。
「・・・・・・・・・ふぅ」
アコは部屋一人、深いため息をつく。
まだ頬は熱く、呼吸が荒れている。
「美人で綺麗、ねぇ。合コンでも言われた事ないよ・・・・・・」
ドクドクと跳ねる心臓を押さえ、深呼吸する。
美沙希の口から、美人だの綺麗だのと言われ、軽くパニックになる。
「な、何を間に受けてるの私。仕事しないと・・・・・・」
アコは変身魔術を発動、いつもの幼女体型に変身する。
「よし、気合入れていこうっ!」
アコは椅子に座り、山積みになった書類に印鑑を押していった。
「・・・・・・ミサキ君、かぁ」
仕事中も、アコの頭の中は美沙希の事が残っていた。
◆◇◆◇◆◇◆
美沙希は、教室に遅れて入っていった。
先生にはスズハが話しておいてくれたらしく、お咎め無しで席に付いた。
「さて、全員揃った所で、大切なお話が二つありま~す」
相変わらず寝ぼけた様な声で喋る担任。
黒板にスラスラとチョークを走らせていく。
「一週間後、生徒会主催の魔術会をを行いま~す。皆さん、準備しておいて下さいね~。尚、魔術会は参加自由、個人でちゃんと決めて下さいね~」
「ま、魔術会ってなんだよ」
隣のスズハに声を掛ける。
「魔術会というのは、魔術を使って戦う、模擬戦の様なものだ。この魔術会で、今年の学内ランキングが決まる」
ランキングが決まる、何かと大会だと思ってもいいだろう。
美沙希は、簡単に事をまとめ、頭に入れる。
「もう一つは、今回の魔術会では二人一組で参加するのが条件です」
「二人一組?」
担任は、黒板に簡単な絵を書いていく。
「よく分からない人の為に説明しますね。今回の魔術会は、二対二、魔術師四人での対戦となります。一週間後までには一人パートナーを見つけて、是非参加して下さいね~!」
(これか、アコが言ってた大事な話っていうのは・・・・・・)
美沙希の前に、新たな難関が立ち塞がる。
次は、ランキング戦に参加する事、それと同時進行で、一緒に参加するパートナーを見つける事。
この世界で人脈の無い美沙希は、ただ戸惑うばかりであった。