若い母親
やがて彼がタクシーを呼んでくれ、ぼんやりとした気持ちはまだひきずったままだけど、病院のひとたちにお礼を言い、彼と一緒に帰ることに。
タクシーの車内で、彼はずっと手をつないでいてくれた。
車窓の外はもうすっかり暗い。東京と違ってこっちの夜は正しく暗い。昼間はあんなに白く輝いていた世界も、夜の闇の中ではちゃんと蒼く黒く眠りにつく。
真っ白だった空も、何重にも薄墨で塗り潰され重みを増していた。
家まではあっという間に戻れた……自分がどうしてこんな状態なのかを、整理しきる前に。
社員寮の管理人さんにもお礼をしようと管理人室を訪れると扉が開いている。
管理人さんと誰か……親子連れのような女性と少女が話し込んでいる。ふと、子どものほうがくるりと振り向き母親に何かを告げた。
その若い母親はこちらを向き、にこりと笑って頭をさげた。あれ……この人……!
「こんばんわ」
私たちも一緒に会釈する。
「こんばんわ」
管理人さんが事情を説明してくれた。この子が私の倒れるのを見て、タバコ屋のお婆さんに頼んで救急車を呼んでくれたこと。そして道端に落ちていたパン屋の紙袋に気付いてくれたこと。
救急車が来たときに居合わせ、そして同乗してくださった寮の管理人の奥さんがパン屋さんの常連だったということで、その場に放置されていたパンをわざわざ寮まで届けてくれたのだそうだ。
「こちらの奥さんはうちのパンを気に入ってくだすって、よくいらしてくださるんですよ。それで娘が覚えていまして」
この若いお母さん、やっぱりパン屋でお会計してくれた女の人だ!
「あぁ、パン屋の!」
「先ほどはありがとうございました」
「あああ、こ、こちらこそありがとうございます。しかもわざわざすみません!」
「いえ、うちのパンを買ってくださったときにこんな……申し訳ありませんでした」
「いえいえいえいえ。とんでもないです。パンのせいなんかじゃないですから! 越してきたばかりなもので、雪道にあまり慣れてなくて……」
幸一さんと一緒に何度も頭を下げる。
「そうなんですか。でも、もっと持ちやすい袋とか、ちょっと考えるきっかけになりましたから。こちらこそありがとうございます」
「と、とんでもないです。わざわざ、こちらまでご足労おかけして……」
女の子が手に持っていたビニール袋をそっと差し出す。この子……あの男の子たちに「だめだよ」って言っていた子だ。
「おねえさんに、あげる!」
「ありがとー。なにかな?」
そのビニール袋には紙袋が入っていた。あのパン屋の……あー! 私たちのパン!
でも……こんなにたくさん入ってたっけ?
「残り物なんですけど、よかったら食べてください」
「え、そ、そんな、悪いです」
「チョココロネ、人気商品なんですよ。チョコクリームも自家製です」
「なんだか申し訳ありません。何から何まで本当にありがとうございます」
管理人さん夫妻にも何度も頭を下げる中で、私は初めてこの場所の温かさや住み心地の良さを実感していた。




