パン屋
背後の物音に慌てて足を滑らしそうになる。
おそるおそる振り返ると、雪が落ちただけ。見上げてみると樹の高いところの枝の雪がちょっとだけハゲている。
時々ドサリッと落ちてくるのよね。こっちに来て何度か味わったけれどまだ慣れない……ん。ちょっと違う。好きじゃないってだけ。このビクっとする音は体が覚えている気がするの。小さい頃にもずっとビクビクしていたような……そんな感じ。
でもこれも切り替えてゆこう。
オバケ屋敷のアトラクションをタダで楽しんでいるとか思えば!
これはこれで楽しまなくちゃね。
そんな怖い罠つきの白と緑のアーケードを辿ってゆくと古くからありそうな商店街に出る。
どちらかといえばシャッターが閉まっているほうが多いんだけど、ほら見て。あのパン屋さんなんて美味しそうな香り!
そうよね。こういう匂いは大事!
こんな冬の閉じた世界の中では、この暖かいお腹をゆさぶる匂いって生きている実感につながるわ。
むかーーーしから続いている感じの店構え。パンの並べ方もディスプレイも「昔ながらの」って形容がぴったりで。でもボロくはなくて清潔な感じ。おっ。パンの耳無料ですって!
おやつの時間にはまだ早いけどチェックは大事よね。しかもこの香ばしさ。気がついたら私の足は店内に踏み入れていた。
店内に充満する温もりある匂い。
……ああ。
たまらないわ。
照りもよくふっくらとしたバターロール。見るからにもっちりとした感触の焼きカレーパン。揚げじゃなく焼きってあたりがヘルシーよね。そして水晶ちりばめた黄金の冠のごとく燦然と輝くメロンパン。
私の好みのパン屋かどうか見極めるにはこの三種の神器が必要なの。
グラタンコロッケパンや、チョココロネなんかもぐっとくるけれど、最初に買いまくるのは次回の楽しみを奪うことにもつながるから。あとはコストパフォーマンス。三種の神器1セットの値段が……なんて素敵! 都心のお洒落パン屋だったらこの価格の3割増ね。
うちからも10分かからないし。これで美味しかったら我が家の定番になりそう。というかこの匂い、絶対美味しい。間違いないわ。
出来立てっぽいぬくもりがじんわりと伝わってくる紙袋は、ダウンジャケットの内側に抱え込むには少しかさばるかな。
大き目のパンがたくさん入った袋を小脇に抱え、店を出て商店街を見回す。
まず目に付くのは自分の白い息。その息のカーテンの向こうに広がる景色。
やっぱり。
時間の流れがずっと止まっているみたいな印象を強くうける。
でもそれはイメージの悪い「取り残され感」ではなく、タイムカプセルにしまってあったような懐かしいほっこりとした印象。てのひらにすっぽりと収められそうなこの空間が、なんとも愛しく感じられるのよ。
商店街のあちこちを彩る「錆」が、わびさびの「サビ」へと意識をつなぐ……なんてのは調子に乗りすぎ?
私はもう一度、小さな商店街をじっと見つめた。
いつまでもこの雰囲気を残してほしいと思いつつも、やはり物足りなさを、不便さを見出そうとしている自分も居る。
薬屋とヘアサロン……それから文房具屋と……うーん。今開いている店は、あとはこのパン屋さんだけ。コンビニがないっていうのがすごいわよね。
パン屋さんの両隣の店をもう一度見る。
今、開いているって……あれ?
ひょっとして今日がお休みなんじゃなく過疎の……これ噂のシャッター通りってやつ?




