静寂
静寂。そして。
現実と、記憶と、妄想と、悪夢、と。
この暗闇の中にずっと居るから。だから……
……だからなにもかも境界がわからなくなって、ここにとどまり続けるんだわ。
私は両手で無理やり携帯をつかんだ。
震える指が触れたのか、また灯りが点る。
光がにじんでる。
あ。
私、泣いてるのね。
感覚も思考も時間もなにもかもが、大きなローラーでひきのばされたみたいにぼんやりと薄くひろがっていて、リアリティがないの。
ここに「ない」感じ。
でも。
灯りを点けたそこにはリアルな輝きが在った。ダイヤのはまった私の婚約指輪。光を集めて輝く宝石。私の愛のお守り。
……お守り。
おまじない。
小石。
宝石。
頭の中にぐるぐるとイメージが周る。
ダイヤ……宝石……小石……おまじない……私の中で、私じゃないだれか達が、ダイヤをバトンにリレーしている。
次の誰かに渡されるたびに、そのダイヤは違うものに変わってゆく。
ううん。違わないの。
ダイヤはダイヤでそのまんまなのに、意味が、変わるの。
私の世界のとなりの世界、みたいに。
小さい頃見た「違う世界に迷い込む」物語。私は怖かった。その物語の主人公のように「戻ってこられる」自信がなかったから。だから私なりに考えた。
違う世界に迷い込んでも戻ってこられる方法。それが、おまじない。
ポケットの中に小石をしまって握りしめて。目を閉じて数を数えるの。いちから、ひとつづつ、じゅうまで。そうすると小石は私をこの世界にひきとめておいてくれる。
この世界にとどまるための、ちいさなちいさな重し。
目を開けたとき、この世界にまだ居ることを確認できたら、私はその小石にばいばいって言ってお別れして。そう。一度使った小石は二度と使えないって決まっていたから。
おまじない……小石……宝石……ダイヤ。
私の、婚約指輪。
何度かゆっくりと「いまあったこと」を自分の記憶の中に確認して。
私、気づいちゃった。
おまじない。
いま、おまじない、ちゃんと効いたってことに。
ぎゃくむきの、あたらしいおまじない。
わたし、もどれちゃったのよ。おとなだった私じゃないせかい。
おにいちゃんたちがいたあのしゅんかんに、もどっちゃったんだ。
じゃあ、おにいちゃんたちが死んだのは、とおいむかしじゃなくって、いま、だったのね。
じゃあ、じゃあ……ひょっとしたら……わたし、ほんとうは、まもれたのかな。
あのときとびだして、おにいちゃんたちがなにかにつれてゆかれるのを、このあんぜんなへやにいっしょにかくれて……ほんとうはわたし、まもれたのかな。
でもまた、しっぱいしちゃったのかな……
からだはまだ、ふるえている。
とびらをあけるのがこわくて。
またあの、赤いおおかみが、じめんからこっちをにらんでいそうで。
どこまでが、わたしのほんとうのせかい、なの?
震えた指がまた携帯に灯りを点させる。
婚約指輪と携帯電話とが、視界に入る。
わたし……私、現実の中に居るんだよね?
恐怖を拾い上げる勇気を持てないまま、立ち上がれないでいる私の中に、とっても嫌な考えが、浮かんだ。
……この小石、やっぱり使えなくなっちゃったのかな……
視界の中のダイヤの反射する光が、またにじんでゆく。
私はそれ以上、何も考えたくなくなった。
【終幕】




