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どこから聞こえるの

 だって私がここにいることは誰も知らないのよ……あのとき私と一緒にここに来て、鬼に連れて行かれたおにいちゃんたち以外は。

 また、私の名前が聞こえたような気がしたわ。

 私、本当にここに居るの?

 

 自分自身がここには居ないみたい。

 私の気持ちだけが、記憶の中のこの忌まわしい場所にさまよい来て……でも本当の私はどこか遠くに居るままで……

 さっきから、現実と記憶との狭間を行き来して。私、ちょっと変になっているのかも。暗闇に閉ざされていると、自分の内側と外側との境界が曖昧になる。音がどこで響いているのかすらもわからない。

 自分の内側でなのか、それとも外側でなのか。

 

 幸一さんの声を思い出す。

 その声が私の名前を呼ぶ声を、思い出す。

 いま一番、聞きたい声が、すごく近くにある気がして……

 

 私は暗闇の中、指先だけで携帯を探す。

 指先が触れるいくつものカタマリを、暗闇の中でなぞり確かめる。

 違う。

 違う。

 違……まって、これ?

 見つけた。私の携帯電話。灯りが戻ってきた安堵感。だけどその灯りのスイッチを入れる前に、もう一度……今度は近くに……聞こえたの。

 

 え?

 記憶のフラッシュバックじゃなく?

 私の……外側から?

 

 ……扉の……そと……がわ?

 そして。その声が、誰の声なのかを確認しようと自分の耳の奥のこだまを反芻する間もなく、あの音が近づいてきた。

 思い出したくもなかった「犬の音」が。

 

 本当なのか、嘘なのか、それすらもよく分からない。

 ……ただ、私の背中のすぐ向こう、この扉の向こうに、音が響いていたの。

 何かが破れる音。

 何かが折れる音。

 何かが弾ける音。

 何かが滴る音。

 これはなに?

 チガウ世界の幻覚がリアル過ぎて体が動かない。心臓までもが止まりそう。

 そしてあの、犬が骨を齧るときのような、ごりごりとした音。

 そのまま何かを引きずって行く音。ひとつだけではなく、いくつかの。

 ……おにいちゃんなの?

 どこかへ連れていかれているのは、おにいちゃんたちなの?

 

 自分が現実の中にいるのか、どこか遠い世界の中にいるのか判らないまま……どのくらい経ったんだろう。

 思考も、カラダも、わけがわからないまま固まっている私。固まっている私を、呆然と見ている私。

 かといって自分を客観的に見れているわけじゃない。自分の内側に隠れているだけ。耳の中にずっと居座っている「犬の音」から必死に耳を塞いでいるの。

 ずっとこのままここで凍り付いてしまうのかなって思ったとき、私の手が。

 

 暗闇の中で何かに触れる。

 

 びくっとして、そのあとまた触れて、私の手はずっと勝手に震えていたんだなって気付く。

 私、震えているんだ……

 たった今のことすら信じられない、わからないでいる私のその指先に。今度は冷たくなった携帯が、触れた。

 寒さからくるわけじゃない、止まらない震え。

 

 携帯に触れているのはわかっているのに、その携帯をつかめない。

 震えが止まるよう自分の中に勇気を呼び起こす。

 「犬の音」は、もう遠くまで、行ったよね?

 「犬の音」は、遠くまで行ったよね?

 「犬の音」は遠くまで行ったよね?

 遠くまで……もうここには居ないよね?

 

 何十回も自問してようやく一回だけ自答できた。

 いまはもう、何も聞こえないわ、って。


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