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追跡

 運転手の目は真っ赤になって、涙がいくつもこぼれている。

 自分の手の甲にも、涙が落ちたのに気付く。

 その息子さんの話に咲季を重ねている自分にも。

 いや違う。咲季は戻ってくる。俺が信じないでどうするんだ。

 

 不意に車は停まり、扉が開いた。その勢いでどさどさと脇から雪が落ちてくる。

 すぐ道路脇の林から、雪の重みに負けたのかしんなりと白い重荷を背負った枝がいくつも道に覆いかぶさっていて、その枝のひとつにタクシーのドアがぶつかったのだ。

「この道を登っていった先です」

「ありがとう」

 慌てて財布を出そうとすると運転手は手で制した。

「お代は結構です。ここへ来る勇気をいただきましたから……急いで、気をつけて行って下さい。あなたの奥さんが見つかるように祈ってます」

 無言で頭を下げ、急いで降りた。

 

 雪をまとった林に身をこするようにして、タクシーの前へと回り込む。

 枝が背負っていた雪がこの肩にどさどさとなだれかかる。その雪を体を震わせて払い、雪に埋もれようとしている目の前を、道の先を、じっと見据えた。

 

 遥か遠く感じるその丘の頂近くに……この吹雪の中でも全く埋もれていない紅が見える。

 鳥居だ。あそこが「神社」か。

 どうして咲季はそんな危険なところへ?

 ……とにかく急いであそこまで行ってみよう。

 その意志を応援してくれるかのように空がにわかに明るさを取り戻す。

 雪がやみかけている?

 まるで幕を開くように、視界が広がってゆく。

 あれ?

 いま鳥居の下に人影が? ……動いた?

 雪がやんできたとはいえ見間違いかもしれない。

 だが。

 ……咲季? ……咲季なのか?

 もう? ……まだ? ……でも、あそこに?

 

 目に見える、ということが安全を保障してくれるのならば、咲季であってほしい。

 視界から消える、ということが危険を意味するのであれば、咲季であってはほしくない。

 

 でも、その人影まとっていた目立つ黄色が、こちらに引っ越してから咲季と一緒に買ったダウンコートにとてもよく似ている気がして。

 黄色は咲季の好きな色。安心する色って言っていたっけ。

 その黄色を着ているんだ……安心させてくれよ……ゆるやかに登る坂道。走り出してはみたものの思うようにスピードが乗らないのは、この邪魔くさく足元を脅かす雪のせいか。

 

 そういえばまともな運動なんてもう何年もしていない。あっという間にわき腹が痛くなる。商店街通りとは違って除雪された形跡のないこの道は溶けきらぬうちに次の雪が降り積もり、幾重にも重なった深みが時折まるで罠のようにこの足を深く呑み込み、つかまえようとする。

「咲季ー!」

 叫ぶ。

 叫びながら、それでも走り続ける。

 

 あの人影が単なる人違いであってほしい。

 いや、この目が勝手に創りあげた幻覚であってほしいとすら。そして病院を出た咲季から、明るい声で今日の夕飯は何にするーなんてのんきな電話がかかってきたりするんだ。きっとそうだ。

 ……なのに

 なんで走っているんだ?

 なんで、止まれない?

 泣きそうになりながら、靴もスーツもボロボロに汚れながら、携帯を握り締めたまま走り続ける。

 肩が心臓と同じくらいに激しく上下する。

 必死だった。

 必死だったから、ガクガクと笑った膝がバランスを崩して転んでしまったのは、鳥居のすぐ手前だった。

 ここからは階段か。けっこう急な……だけど。

 だけど、この階段に。

 足跡のようなくぼみがあった。


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