囚われし過去
さっきまで黙っていた運転手が一転、語り始めた。
「アタシは地元、東京なんですがね……昔このへんに住んでましてね……もう二十年くらい前かな……」
昔? ……二十年も前?
いま現在ここに居る運転手がわざわざそんな表現を使ったことがひっかかる。
今は住んでいないみたいな口ぶりだから。まさか東京から仙台まで、流しているわけじゃないだろうし……
車はバス停の手前の少し広めの道を、ゆっくりと商店街へと入ってゆく。
スピードがそれほど出せないのは商店街だからってわけではないようだ。雪がだんだんと強くなってきているから。
しかし人影がまったくない……昼間の、こんな時間なのに?
冬篭りでもしているかのよう。
「二十年前ね……大事な一人息子がこのあたりで行方不明になったんだ……神隠しってやつですよ」
……息子……神隠し?
そうか…………運転手があんなに行くのを嫌がっていた……理由。
そしてなぜか共感を感じた理由も。
「せがれが最後に遊んでいたのが、その神社のあたりでね……」
タバコ屋の角を曲がり、車ではぎりぎり通れるか通れないかくらいの少し細い路地へと入り込む。
「アタシは転勤で仙台にやってきて……それでかな、あの神社にどんな噂があったかなんて……何も知らなかったんです」
転勤でここに。そんなところまでかぶっているのか。
「噂……どんな噂があったんですか?」
バックミラーに写る運転手の顔がわずかにひきつる。
「……昔から……鬼が住んでいる……と」
「鬼?」
「そうです。人をさらう鬼があの神社の近くに棲んでいるっていうんです」
「鬼が……人をさらう……」
鬼。二十年前だとしたって、そんな迷信じみた存在が生き残っているなんて。
「本当に居るのかなんてわかりません。見た者は誰も居ない。ただ、息子が戻ってこない、どこへ行ったのかもわからないという現実に向き合うには、そういう現実離れした存在が必要だったんです」
運転手は尚も車を走らせる。道の両側は石塀からいつの間にかに雑木林のような雰囲気へと変わる。あの商店街のすぐ近くにこんな場所があったなんて。
「アタシの妻はここにもう住みたくないって言ってね。うちの会社も東京に帰ることを許してくれたんです」
車は注意しながらも進み続けるが、向かいから吹き降ろしてくる風が視界を奪い、なかなか前が見えない。
「でもね、その妻も二年前に他界しましてね……きっと心労です……息子が行方不明になったことをずっと後悔してましたから。あのとき、学校から帰ってすぐに遊びに行こうとする息子をどうして止めなかったのかと……十八年間、自身を責め続けていましたから」
愛する家族を失って……十八年。
確かに哀しみってそんな簡単に消えるもんじゃない……
「アタシは独りになって馬鹿な考えを起こしてね。ひょっとしたら、行方不明だった息子がひょっこり現れているかもしれない。記憶を失っていただけでどこかで元気にしているかもしれない……そんな都合のいい話にはなりませんでしたけれどね」
「……そうだったんですか……」
「しかも滑稽なことにね。こっちに戻ってはきたんですが……でもやはり、ここへ来ようとすると体がすくんで来られなかったんです。もしも息子が居ないことを決定的にわかってしまう証拠を見つけてしまったらって……馬鹿ですよね。仙台まで戻って来たっていうのに……アタシもまだ、息子の失踪に向き直れて居ないんです」




