こんな場所
運転手の顔は皺が多く刻まれていて、淡々とした喋り方ではあったが何か言い知れぬ迫力があった。
さっきまでのやる気なさそうな態度はどこへいったのか、かなり感情のこもった声に聞こえたのだ。しかも、いまだに手をつかまれたまま。
振りほどこうとしてまた叫ぶ。
「どこだっていいじゃないか!」
また大きな声が返ってくるかと身構えたその時。つかまれた腕に食い込んでいる運転手の指に、さらにぎゅっと力が加わった。
「待っている人が居る人は、このへんに来てはいけません」
運転手は哀しそうな表情で首を振る。一瞬、あっけにとられてしまう。
だがこの一瞬がよかったのかもしれない。ちょっと冷静になれたから。
「どういうことです?」
声のトーンを落とし静かに尋ねると、運転手は眉間の皺をさらに深くしながら、また首を振る。
「あんたに待っている人が居るなら、こんな場所からは早く去ったほうがいい」
こちらの事情、話していないよな?
刹那、彼との一連のやりとりを思い返すが、待っている人が居るなんて言っていないはず。
どういうことだ?
まさか……咲季のこと、知っているのか?
「こんな場所って……」
いろいろ探りたいことがあったが、とっさに出た言葉はそれだった。
こんな場所。わざわざ来たかった場所なわけじゃない。こんな、なんて言われるような場所に来たのは、その「待っている人」を探すためなんだし。
だがすぐに「こんな場所」と運転手が言った理由がわかった。
「このへんは、神隠しが起こるんだ」
神隠し?
どういうことだ……?
…………神……隠し……って……神……
神。ひょっとして管理人の奥さんが言っていた「じんじゃさま」ってやつと何かつながりがあるのか?
地元の話をもう少し聞いてみたい。
「運転手さん。もしこのへんで神社の場所を知っていらっしゃったら教えてほしいのですが」
驚いたことに「神社」という言葉を伝えた途端、彼はその手を離したのだ。
運転手は何か知っている。そうとしか思えない。
「……神社……ですか……あることには、あるんですが……行かないほうがよいです」
行かないほうがよい場所って……だがそこに咲季がいるかもしれないんだ。また携帯を見るが、咲季からの返信は一件としてない。自然にため息がもれる。
この際なんでもいい。少しでも手がかりになるものが欲しい。
「……妻が…………妻が、そこに行ってしまったかもしれないんだ」
運転手の表情が一瞬のうちに複雑に変化する。
そしてしばらくの躊躇があって、運転手はゆっくりと頷いた。
「乗ってくれ。近くまでなら連れてゆける」
その突然の心変わりのようにも感じられる一言。だが運転手の、さっきの複雑な表情の中でも一番強かったあの哀しそうな目。それは彼を信頼するに足るだけの何か……そう、共感のようなものを感じられたから、このわずかな間に体に積もった雪をはらい再びタクシーへと乗り込んだんだ。
静かだった車がうなり声をあげる。
さっきまで丁寧だった運転からすると不自然なくらいにふかされるエンジン音。まるでそうやって気合を入れないと前へ進めないかのよう……なぜか、そう感じられた……




