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良いフック

 かくれんぼ……かくれんぼが、私のどこかにひっかかっている。そのフックが私の中のどんな部分にかかっているのかまでは分からないけれど。

 神社や名札やかくれんぼが、どうしてフックになってしまったの?

 フックにひっかかったものはどれも確かなカタチを持たず、でも確実に何かひっかかっているの。水の中の釣り針がどこにひっかかっているのか見えないみたいに、「ひっかかっている」っていう事実だけしかわからない。

わからなくて。はがゆくて。

 霧とか幽霊とかなんかそういうもやもやしたもの。何度も去来しては、実体を見せぬまま私の中をかき乱してゆく。

 触れられないっていうのに、それでもこんなにも重く私の心を縛り付ける。

 ため息をひとつついたとき。携帯が鳴った。

 幸一さんからだった。

 

「咲季か? ……仕事もうすぐ終われそうなんだけど、牛タンカレーでも食いにいかないか?」

「いいわね、って昨日のカレーパンですっかりカレースイッチ入ったんでしょ?」

「ばれたか……さすが咲季。俺のこと一番よく分かってる」

「妻ですもの」

 彼との何気ない会話は、フォグランプみたいに靄のかかった心の道を明るく照らす。どんなに悪いフックにひっかかっていても、幸一さんがいれば私はだいじょうぶな気がする。

 彼は標。私の人生の。

 とびっきりの、良いフック。

 

 

 

 翌日。

 はらはらと空から雪が無数に降りてくる。あいも変わらず重たい空。雪はこんなに軽いのに、ふわりふわりと風に自由に舞うくらいなのに。空と地面はどうしてこんなに暗く重く固まっているのかしら。

 

「お。今日も雪か。バス遅れるかもなぁ……ゲフ」

 げっぷしている! って彼のこと笑ったら、その勢いのせいか私もつられてげっぷが出ちゃった。

 二人して大笑い。

 昨日は大盛りを食べたせいか、一晩明けた今朝のげっぷなのにまだカレーの残り香をはらんでいる。

「わりぃわりぃ。とりあえず歯、磨いてくるな」

 出社の支度を終えた彼に、用意してたお弁当を渡す。

「サンキュ!」

 会社へ行く彼を見送る瞬間。彼にいってらっしゃいのキスをしたあと、私は幸せをかみしめる。

 

 幸せ……朝の出勤準備をあたふたとしなくてよくなったというのは正直あるわ。

 でもそういうことじゃなく、もっとありふれて当たり前の……なんかこう……日常そのものに対する感謝みたいな。うまく言えないけれど。

 

 私は押し入れから婚約指輪を取り出して指にはめた。サイズ直し、早く行かなきゃ。ユルユルってほどじゃないけれどやっぱりちょっと油断ならない感じなのよね。

 自然に笑みがこぼれてくる。いろんなとこに気がつく彼だからこそ、こーゆーミスを可愛らしく感じるのかも。

 

 不思議。指輪をはめた指を中心に手全体が温かくなる。

 幸せって目には見えないものだけど、この左手を眺めていると見える幸せもあるかななんて思えたり。

 今日一日だけは、そばに居てね、幸一さん。私の素敵な「良いフック」さん。

 ……一人で照れている自分。それがまたそれで恥ずかしくて。

 

 さ、ゴミ捨ててこよう……気分転換よ!

 雪がこんなに降っていると、ゴミ捨て程度のことでもとても面倒に感じるわ。でも私、今は主婦なんだし、このくらいはしないとね。

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