心のフック
「本気でお誘いしてもよろしいですか? ……実は去年のクリスマスパーティも家族だけでやったものですから……」
「パーティ大好きですもの。こないだのお礼もまだだし何か……そうそう、お酒っていけるクチですか?」
靖子さん、ここで不敵な笑みを浮かべた。
「夫婦揃って……いけちゃいます」
私もついつられて悪代官みたいな笑みが浮かぶ。
二人ともノンアルコールなはずなのに、ちょっとノリノリ過ぎかしら。
こういうのって靖子さんたちの笑顔がとても明るいからなんだろうなぁ。見ているこちらまで元気になれるの。
「なんだか咲季さんって初めて会った気がしないの!」
「私も!」
すっかり意気投合した私たちは、そのあとふかし芋を平らげつつパーティの打ち合わせを軽く済ませた。
「じゃあうちはレシピ付きおつまみと、あとはお酒担当で……何本くらいあれば足りますか?」
つい聞いてしまった、そのひとことだったけど。靖子さんの表情を曇らせてしまった。
「あ、えーと……人数分?」
「ん、ううん。いや、そういう事じゃなくって、一人何本ワイン空けるかしら、って」
ちょっと笑いながらフォローしたけれど、靖子さんの笑顔はあの母のようなどこかぎこちないものに変わってしまった。
さっきまであれほど明るく心強く感じていた笑顔なだけに、いまの靖子さんの表情の変化は私の心にズシンと重くのしかかった。
「あ、ごめんなさい。変な反応しちゃって……そういえばこっちに来てから二人きりで呑んでないなーって思っちゃって……他意はないんです」
靖子さんの表情に、硬いながらも笑顔が戻りつつある。でもどうしても母と重なる笑み。
「2年も経つのに……昔から近所に住んでいた人たちは皆さん遠くに越して行ってしまって……お客さん商売もしているのに……なぜか、こんなに笑いあえるお友達ってできなくて……お酒の呑み方なんて忘れちゃってたわ」
そういうつもりで聞いたんじゃなかったんだけど、靖子さんの中では「引っかかっていたもの」なのね。
誰にだって、その人にしかない「心のフック」があって、そのフックはその人にだけしかわからないものにひっかかってしまう。靖子さんの場合は今の話題がフック。きっと、この手の話題には人一倍ひっかかりを覚えてしまうんだわ。
せっかく仲良くなれたのに……私「やっちゃった」のかなぁ……
その、少し気まずい空気を変えてくれたのはやっぱりえりちゃんだった。
「おいものおかわり、できたー!」
元気良く土間から駆け込んでくる。その満面の笑顔に釣られて、靖子さんの笑顔も完全に戻ってくる。えりちゃんの笑顔を見て私も心が和んだ。これは「いいフック」……心のフックは悪いフックだけじゃないのよね。
そうよ。ちょっとしたひっかかりが体中の全ての細胞を良い方向へと向けてしまう。そんなフックもあるのよ。
少しほっとした空気に戻れた靖子さんたちの家を後にして、私は帰路を急ぐ。自分の中の「良いフック」を探しながら。
……私のフック。
「良いフック」を探していたのよ?
なのに一人になると思い出してしまうのは、少なくとも「良いフック」ではないコトばかり。
しかも私ってばこんなに心配性だったっけってくらいに次から次へと。
あの神社。
えりちゃんの名札。
忘れることができない記憶、笑いで封印してしまうこともできなかい記憶たち。
……そう。「数を数えていた私」の、コトも。




