職人
「えりはねー、えだまめのえに、リボンのり!」
「えりは平仮名なんですのよ」
えりちゃんの頭をなでながら靖子さんは微笑んだ。
ここは、とてもあたたかい。
店の奥のパン焼き窯から来る熱気だけじゃなく。さっきまでかじかんでいた指先が痒くなってくる。血が戻ってきたみたい。どくんどくんと生きている音が私の中に響く。
「靖子さんにえりちゃん、よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いしますね」
「よろしくおねがいしまーす!」
三人の「お願いします」が輪唱のように飛び交う中、さっきの温もりのある声がきゅっと紛れ込んできた。
「よろしくお願いしやす」
店の奥のパン焼き場から、精悍な顔つきのご主人が出てきた……んだけれど。
登場シーンはまるで任侠映画のよう。職人風の白い前かけをつけ、どことなく江戸前の香りがする若主人。パン屋なのに江戸前の香りって……頬がゆるむ。
ゆるんではじめて、こわばっていたことに気付く。
今はささいなことでもとにかく可笑しい。心がきっと笑顔になれる素を求めているんだわ。母のように無理して笑っているんじゃなく、自分の中から何かがすっと抜けてゆくような解放的な笑み。
笑うって……素敵。
あ。
なんで江戸前っぽいのか気付いたわ。ご主人のねじりはちまきよ! ……普通、パン屋さんって帽子よね?
「おぅ。お友達かい。えーねぃ」
仙台に居るって気がまるでしない。この口ぶり、どう見ても聞いても江戸っ子だわ。
「今よ、焼きに入れたとこだからよ。店番は俺がしてやっから。そっちはしばらく茶ーでもすすってなって」
「ありがとう、あなた」
「気にすんなって」
靖子さんのほうをあまり見ようとしないご主人。照れているのかな……ちょっと可愛い。愛されているのね。
私も幸一さんのことを思い出す。昨日も心配かけたってのに……私……
そんな落ちかけた私をまた、えりちゃんの小さな手が救った。えりちゃん、うんうんとうなずいている。靖子さんもうなずいている。何?
なんだろ? 私、何かした?
靖子さんがパン焼き場の奥の勝手口にすたすたと歩いてゆき、私に手招きしている。その土間のようなところへえりちゃんもすたすたと歩いてゆき、振り返って手招きする。
そこから住居部分へとつながっているみたい。
「さあ、こちらへどうぞ」
靴を脱ぎ、片付いたリビングへと案内される。部屋の中央にはオイルヒーターがあり、部屋全体が暖かい空気に包まれている。
靖子さんがイスをひいてくれる。
「このテーブルでも平気ですか?」
「ありがとうございます! ど、どこでも大丈夫です!」
慌てて腰掛ける。
えりちゃんが私の隣に座り、私の顔をじっと見つめた。お湯を沸かしながら靖子さんもくすくすと笑っている。
「ごめんなさいね。お店じゃなくって家に来るお客さんってのは珍しいから……ほら、えーり、じろじろ見るのは失礼よ」
こんな可愛い子なら別に嫌じゃないわよ。
「い、いえ、全然気にならないし、えりちゃん可愛いし……それよりあの、わざわざご招待していただいたのに、お土産の一つもなく……」
「あ、そんなこと気になさらずにいてくださいな。それにこちらこそ……主人があんなんですみません……」
あのカッコイイご主人、謝るようなこと何もないのに。




