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自己紹介

 え?

 ……私の手を、小さな暖かいものがふんわりと包んだ。

「また、ころんじゃうよ?」

 えりちゃんの両手だった。

 

「え、えりちゃん……」

 それ以上はすぐには言葉が出てこない。でも、この小さな温もりが、今はなによりも強く心に響いて。

 あったかいな。自分の手を見る。あぁ。手袋すらしていないわ。

 こぼれ落ちていた記憶を、雪の中に素手で拾い集めていた私。かんじかんだ指は力なく震え、きっとこのまま拾うことに成功しても、また落としちゃっていたかもね。

 私はえりちゃんの手を黙って握り返す。ほんとうに、あったかい。

「ありがとね。お姉さん、なんだかぼんやりしてたみたい」

「きっと、あのじんじゃのせいだよ!」

 えりちゃんは、眉間にぎゅっと力を入れた。

「……あの……神社の?」

「そうだよ! よくないばしょだってママがいってたもん」

 

 よくない場所……。母のあの辛そうな表情を思い出す。母が名札や仙台に反応していたのは、このことだったのかも。

 きっと何かの事件が起きたんだ……そしてそれは幼い兄の死にもつながっている。よくない場所。小さいときの私はあのタバコ屋の角で何かを見た。手がかりはきっとあそこにある。

 ………………きっと。

 えりちゃんの手を引き、商店街の通りへと戻る。事件があった場所だというのならなおさら、この子をここに居させるわけにはいかない。

「よくない場所……じゃあとりあえず、ここを離れないとね」

「うん!」

 えりちゃんにひっぱられるまま、いえ、どちらかといえば美味しい匂いに導かれて、私たちは昨日のあのパン屋の中へと再び足を踏み入れた。

 

「ただいまー!」

「えーりー! お店の表から入っちゃだめって言ってるでしょ!」

「ちがうもん! おきゃくさんだもん!」

「ほんとにー?」

 と笑いながら、えりちゃんのお母さんが店の奥から出てきた。

「あ、昨日はありがとうございました。パン、とっても美味しかったです」

 私はあわてて頭を下げる。するとえりちゃんのお母さんも、下げた私の頭にひきつけられる磁石のように頭を下げる。そんなに広くはない店内だから、下げた頭を戻す時にお互いに相手とぶつかりそうになりアワアワとする。それがおかしくて笑ってしまう。

 笑う、ってほんといい! とっても素敵なことだわ。

 

「こちらこそわざわざどうもです。お口にあったようで嬉しいです。とは言っても、作っているのは私じゃなく主人なんですけどね」

「すっごく美味しかったですよ。あれだけのパンには都心でもなかなか出会えませんもの」

「ありがとうございます……あら、お客さま、東京からいらしたんですよね?」

「はい」と、答えきる前に。

「靖子! 世間話すんなら裏行ってしやがれぃ!」

 奥から野太い声。ぶっきらぼうだけど親しみのある声ね。

「主人ですの。時間がありましたらお茶でもいかがですか? ……えーと、何とお呼びしたら……」

「咲季って呼んで下さい。花が咲くの咲に、季節の季です」

「咲季さん、ですね。素敵な名前です。私は靖子、立つに青の靖に、子どもの子です」

 靖子さん、ね。こっちで出来た最初の知り合い。こういう人が近所に居るのと居ないのとでは日々の生活の明るさが全く違うのよね。

 そのとき、私の手をひっぱる温もりに気付いて私は側らを見た。


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