第1話
新作です!
私はサーシイ。
前世は小さな料理屋を開いていた。安さが売りで、ほとんどが作り置き、値段が張る物は注文が入ってから作るスタイル。お酒は数種類。安いのと、高いのと。お茶はほうじ茶。それなりに固定客がついていたし、儲かってはいないけどやっていけるくらいの暮らしで、それなりに充実していた日々だった。
――というのを、空っぽの大鍋を見つめながら回想していた。
「ご主人様! 大丈夫ですかー!」
鴉が言葉をしゃべってる。あぁうん、鳥はしゃべるよね。
「なーん」
黒猫はしゃべらない。それはそう。でも心配しているのはわかるし、足もとにまとわりついて体をすりつけている。
「なにがあったの?」
ってしゃべった声がだいぶ幼かった。
「……誠に遺憾ながら、調合に失敗したのかと……。最近、だいぶボケが進行してましたし……」
鴉がひどいこと言ってるよ。
私は眉間に指を置いて沈思黙考。
「よし鴉。情報を整理しよう」
「あわわ。ボケてとうとう私たちの名前もお忘れになったんですか……」
鴉が大げさに嘆く。
「だから、ボケたんじゃないっ! ちょっと……そう、ちょっとした事故で、前世の記憶が甦ったの! そしたら、今世の情報が吹っ飛んだの!」
鴉と黒猫を飼ってるのは覚えているからね!
近くにあった椅子に座ると、黒猫が膝に飛び乗ってきた。
鴉は近くにあるテーブルの上にとまり、しゃべり始める。
「ご主人様は、何を覚えてるんですか?」
「前世、異世界で小さな料理屋を営んでたの」
鴉が小首をかしげる。
「……それで?」
「それだけ」
鴉は小首をかしげたまま固まった。
「覚えてないんじゃないですかー! やっぱりボケたー!」
「違うわよ失礼な!」
鴉に言い返す。
「じゃあ何を覚えてるんです!? なんの調合をしていたか覚えてます!?」
う。
「お、大鍋でシチューを煮込んで……」
「違いますよ!」
鴉の説明によると、私はちょっとばかりもの忘れが増えてきたので念のために脳細胞活性化のお薬を調合していたらしい。
そしたら、ちょっぴり薬の配合を間違えたり、ちょっぴり手順を間違えたりして違う薬を作っちゃって、おまけに事故が起きて薬を全身に浴びたら幼女化しちゃったらしい。
「ナニ良いように言ってんですか! ボケて手順や調合を忘れて失敗して爆発したんですよ!」
「うるさい鴉! ボケてないッ!」
「そういう見栄っ張りで意固地で頑固なところばっかり残ってて! どうせなら穏やかにボケてくださいよ!」
鴉がひどい。
「第一、私たちの名前まで忘れちゃったじゃないですか! もしかして自分の名前も忘れたんじゃないですか!?」
「失礼な! 名前くらい覚えてるわよ! サーシイよ!」
「じゃあ、元の名前は? 言ってみてくださいよ」
元の名前!?
「え、え、えええ?」
「ほら、ボケたじゃないですか!」
「ちょっと待って。元の名前って、前世の名前じゃないよね?」
前世の名前は言えるけど、ついさっき前世の記憶を思い出したというのに元の名前を知っているとはなぜ?
「そんなんじゃないですよ。元はジェーン・スミスだったんですけど、ご主人様が『ありふれた名前で嫌』って言って変えたんです。ありふれてなかったんですけどね」
「あ~。なるほど~」
本名でジェーン・スミスはないわあ。偽名かと思ったわよ。
「……って、え? 私、前世の記憶はさっき思い出したと思ったのに、そうでもなかったのかな?」
鴉が小首をかしげる。
「じゃあ、前世ではありふれた名前だったんですか?」
「偽名でよく使われてた名前だった」
鴉が感心している。
「すごいじゃないですか! 昔のことはよく覚えてますね!」
って鴉が言ってる……。
「サーシイって、アレか。なるほどね」
黒猫と鴉でお察しだ。
自分が厨二病患者だとは知らなかった。しかもボケてたらしい。
「つまり私は魔女っ子だったのね」
そう呟いたら、鴉が驚いたように言った。
「そうそう! イイトシしてそんなことをよく言ってましたねー!」
この鴉、害鳥として処分しちゃおうかな?
*
思い出してはいないんだけど、なんとなく自分の思考回路が前世と今世で一致しているような気がしてきた。
「鴉とこの子は、私が名前をつけたの?」
「そうですよ。私ら、ご主人様の使い魔ですから」
「使い魔!?」
ペットじゃなかった! なんなら動物でもなかった!
「……使い魔はちょっと脇に置いておこう。じゃあ、なんとなく名前はわかった。鴉はパラスとか言わない?」
「惜しい! パラスウです」
「なら……この黒猫はプルトウとかかな?」
「なーん!」
黒猫が顔を上げて同意した。どうやら合っているらしい。
「思い出しましたか!」
「いやゴメン、前世の思考回路と今世の思考回路が一致してきただけ。前世の記憶はなかったみたいだけど、そういう名前をつけたんだなって思って」
鴉改めパラスウが嘴を開く。呆れているようだ。
「……じゃあ……」
「この家のことも、家族のことも、ご近所さんのことも、なーんもわかんない!」
と言い切った。
じゃあ前世の記憶が鮮明にあるのか、というわけでもないんだけどね。
パラスウが萎れた。あ、プルトウもだ。
「思い出せないから、いろいろ話してよ。……っていうかね、ヤバいんだ。私、マジでここの場所もこの部屋に何が置いてあるのかも、友人知人の顔すらわかんない」
ここが自分の家だということは認識しているんだけど、たとえば台所はどこかとか、この家がどこにあって家を出たらどんな景色が広がっているかもわからないのよ。
パラスウが慌てている。
「ヤバいじゃないですか!」
「そうなのよ。――ねえ、私が実験中の事故で逆行したってことで、事情を話して面倒をみてくれるような人ってわからない?」
パラスウの話だと、恐らく体だけじゃなく記憶も巻き戻った気がする。そういうことにしてほしい。断じてボケたわけではない!
パラスウが首を横に振る。
「私も知っていることしか語れませんが、ご主人様のことについて語らせていただきます」
パラスウによると、私は魔女だそうだ。
私が生まれたころ魔女は迫害対象だったため、幼少時から逃亡生活を続け各地を転々とした結果、ここにたどり着いたらしい。ちなみにここは森の中にあり、辺りには結界と認識阻害の魔法がかかっているのでよほどの者でないと突破できないとのことだった。
で、私は世間から隔絶し、一人でひたすら魔法と錬金を自己流で研究していたとのこと。
「当時は何もなかったんですけどねー。最近、近くに町ができましたよ」
「なるほど、なるほど?」
よくわからない。
「ちなみに私っていくつだったの?」
「さぁ……? 年齢の話はタブーでした。ただ、私らもかなり長生きですよ。六百歳は超えてますかねー」
「マジで!?」
そりゃあボケるよ!
「ねえ、普通の人間ってそんなに長く生きられるの? この世界の人間って長寿なの?」
パラスウが首をかしげる。
「さあ? でもご主人様は魔女ですから、人間ではないですよ」
って言われたよ。そっかあ。魔女って人間じゃないのかあ。
魔法も錬金も使えないと知ったパラスウが、
「ご主人様、これを機に町へ行きましょう! 幸いにして近くに町ができましたし、今どきはみんな魔法が使えます! ご主人様は頑なに外出を拒否ってましたが、記憶がないならもういいでしょ。今のご主人、魔法も錬金も使えないんですよね? なら、町で魔法と錬金の勉強をしつつ徐々に思い出していったほうがいいですって」
と、提案した。
「……私もそう思う」
少なくとも、食べ物問題がある。
最近の私は食に興味を失いつつあったらしい。
栄養が摂れればいいと、錬金で栄養ドリンクを作ってそればっか飲んでいたそうだ。
「私が? そんなだったの?」
料理が大好きで、小料理屋を営んでいた私が?
「最初のころのご主人様は、いろいろ料理をしていたんですけどね」
「なーん」
と、ふたりが寂しそうに語る。
そうだよね、刺激がないと、人っていろいろ停滞するよね……。
そういえば私、食べるのが好きではなく料理を作って食べさせるのが好きな人だったわ。
「うん! 町へ行こう! よくわかんないけど、イマドキは魔法がみんな使えるんでしょ? 私は使えないけど。勉強して、使えなかったら料理屋で働こう。そして、前世みたいに小料理屋を開こう!」
とは決意したものの。
「……ねえ。私ってお金持ってるの?」
ウン百年引きこもりの私がお金を持っているとは思えないけど……。
「ご安心ください! こんなこともあろうことかと、私とプールは光り物を集めております!」
「なーん」
と、ふたりが袋を咥えてきた。
「ありがとうふたりとも!」
抱きしめてから、『ハテナ?』と思った。
「プール?」
私が首をかしげる。
「ご主人様、私たちに立派な名前をつけたのに、私のことは『パーラ』、プルトウのことは『プール』って呼んでましたよ」
あああ……やりそう。
呼びづらいと短縮してあだ名をつけちゃうんだよね。なら最初ッからその名前をつけろよ、みたいな感じなんだよね。
「う、うん。ごめんね。でも、パーラとプールのほうが呼びやすいから、私もそっちで呼ぶね」
「いいですよー」
「なーん」
了承してもらった。
キリのいいところまで書けたので投稿します。
ボリュームとしては中編程度です。
そこでいったん完結をつけますが、続きが書けたらまた再開しますのでよろしくお願いします!




