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夏が近づき、日暮れは少し遅くなってきた。家に帰りたくなくて、私は中庭のベンチでコーヒーを飲んでいた。いつも付き合ってくれる玲ちゃんは、今日は家の用事があるからと早めに帰宅した。
コーヒーを飲みながら、1つ溜息が溢れる。校門の辺りは、部活帰りの生徒でにぎやかだ。夜学の学生もちらほら見えだした。そろそろ帰らないととベンチを後にする。
「ねえ、あんた、落としたよ」
後ろから声が聞こえる。振り返ると、金髪大柄でツナギ姿の男性が、私のハンカチを差し出す。玲ちゃんが言っていた夜学の人だろうか。
「ありがとうございます」
私はいつもと同じ笑顔を見せて、彼にお礼を言う。
彼は一瞬顔をしかめて、その後まっすぐ私を見て言った。
「あんた、笑うのへたくそ」
初めて言われた言葉に心臓が跳ね上がる。彼に言われた瞬間、身体が硬直し、あれだけにぎやかだった周りの音が一切かき消された。
「何、変なこと言ってるの?」
そう言いたいのに、喉が張り付いたようでどうしても声が出ない。私はどんな顔をしてただろう。じっと彼を凝視した。
「⋯ん」
差し出されたハンカチを受け取ると、彼は校舎に向かって歩き出す。私は受け取ったハンカチをきつく握りしめ、ただ彼の後ろ姿を見送ることしかできなかった。
「⋯ただいま帰りました」
玄関を開けるが、返事はない。誰も居ない室内を見てホッとした。今日は誰にも顔を見られたくない。




